真夜中の散歩者

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夏の終わり、私は深夜の散歩に出かける。 虫の音を聞きながら門をくぐり、静かな住宅街をゆっくり歩き始めた。足音は立たない。 終電も無くなった時間だというのに意外と人が歩いている。 犬を散歩させている中年男性とすれ違いそうになる。犬は苦手なので横道に入ってやり過ごす、通り過ぎるときに犬に睨まれたような気がする。オモチャみたいな小さな犬のくせに目つきの悪さは一人前だ。 本格的なジョギング姿の若い女性に後ろから抜かれた。わき目も振らずに走ってゆく、呼吸音が正確なリズムを刻み、タンクトップの背中でポニーテールが揺れている。 のんびり歩いていると大きな国道に出た、さすがに走っている車の数は少ないがその分みんなスピードを出している。 酔った若いサラリーマンがコンビニに入ろうとしていたので一緒に入る。 白々と明るい店内にサラリーマンと私と七十歳位の店員のおじさんしかいない、おじさんはレジ内に置いたパイプ椅子に座って半分眠っている。 サラリーマンは散々店内をさまよったあげく、ハンカチとバナナと単二の電池を買って出て行った。 後を追うかと思ったが、買った物の組み合わせの意味が分からなかったので怖くなり、そのまま店内を散策する。 雑誌コーナーで世間の動向を確認していたら少し不良っぽい感じの女の子が入ってきたので入れ替わりに店を出た。 国道沿いをそうっと歩く。 終夜営業のセルフガソリンスタンドを眺め、牛丼屋を横目に扉の開いたレンタルビデオ屋に入る。 DVDやCDをチェックし、こんな映画やドラマ、音楽が流行っているのかと一人感嘆したり仰天したり、眉をひそめたりした。 カーテンで仕切られたエッチなビデオコーナーに興味津々で長くいたのは内緒だ。 アルバイトの店員さんがエッチなコーナーにやってくる気配がしたので慌てて店を出た。 さすがに歩き疲れた気がするので二十四時間営業のファミリーレストランに入る。 ガラガラの店内で窓際のボックス席に陣取って国道を走る車を眺め、隣の席で体を密着させているカップルの睦言に耳を澄ます。 その為にわざわざこの席を選んだのだ。 女の子は二十歳くらい、男は二十五歳くらいか。どうやら女の子が積極的で男の部屋かホテルに行こうとしていて、男の方は明日仕事が早いので何とか誤魔化して女の子を家に送り、少しでも眠りたいという感じだった。  私の頃とは違うなあと感心したり、女の子頑張って、と心の中で応援しながら話を聞いていたら、二人がすっと立ち上がり、会計を済ませて出て行こうとしたので、私も一緒に出た。  女の子の運転する軽自動車が国道を走り去るのを見送り、また歩き出す。  あの二人これからどこに行くんだろう。  まあ、私にはもう関係ないか。  国道をもと来た方へと戻る。  朝の早い肉体労働者向けに、夜明け前から開いている飯屋の営業が始まっていた。  炊き立てのご飯、湯気を上げる味噌汁、豚汁、焼き魚や炒め物、煮物、揚げ物、サラダ、小鉢類、漬物、みんな美味しそうだ。 二十四時間預かってくれる保育園から化粧の剥げかけた三十半ばの女の人が寝入った幼児を抱いて出てきた、女性は疲れ切っていたが子供を見る目にやさしさがあふれていた。 ご来光を見るのか、登山姿の熟年男性が坂を上がり、山の方へ向かってゆく。 東の空が少し明るくなりかけてきた、新聞配達のバイクの音が聞こえる。カラスが騒ぎ出した。 住宅街へ戻る。 寺の山門が見えてきた。くぐり戸を通り、庫裏をのぞいてから本堂へと向かう。 ご本尊の前で作務衣姿の若い僧侶がお勤めをしている。わき目も振らず(と言うか目をつぶって)ひたすらお経を唱えている。 横に座って横顔を眺める。いい男だなあと思う。頬から顎のラインが少し前の二枚目俳優に似ている。 そういえばあの俳優、僧侶役で有名になったんだよなあ、肩にインコ載せて竪琴持ってたよな。なんて映画だっけ。 やくたいもない事を考えている間も僧侶はお経を唱え続けている。 しばらくじっとしていたが、体は浮かないし、透き通っても来ない。 今日も駄目みたいだ。 いつになったら成仏出来るんだろう。 夜が明けた、裏の墓場に戻るか。 私は僧侶の横顔をもう一度眺め、立ち上がって歩き出す。 未練なんか無いのになあ、と思いながら。 了
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