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◇ ◆ ◇
屋上にて。イチくんは、辛そうな顔で、下を向いていた。そんな顔をしたいのは、本当は、こっちなのに。
ーーーねぇ、顔を上げて?
君がそんな顔しているのを見てられないよ。自分のせいでなってるとしたら、もっと。そんな辛そうにしないで。
「イチくん。さっきも言ったけど、僕は、君を避けてないよ」
本当は避けているのに、避けてないと愚かな僕は嘘をつく。彼が泣きそうな顔をしているのは嫌だから、嘘をつく。だが、ますます、イチくんは泣きそうになった。
なんで? なんで、そんなに泣き出しそうなの?
「……嘘つき。嘘つくなよ」
「ナツは、素直に笑ってる方が、百倍良いってば」辛そうに、苦しそうに、ただ彼はそうやって、投げやりに呟いた。何故、こんなにも彼は、辛そうなのか。わかんない。ずっと一緒だったのに、わかんない。
情けないな、好きな子の顔をこんなにして。本当に、僕はイチくんの隣にいる資格がない。なんで、神様はこんな僕を、彼の幼馴染にしたのかな? 僕と彼は近づいてはいけない存在だった。近づかなければ、こんな思いをしなかった。
「オレは、ナツや舞みたいに、聡くはない。だから、単刀直入に聞く」
ーーーーオレは、何をした?
「ナツに何をした?」と、イチくんは、真っ直ぐ、こちらを見つめてそう言った。その視線が、痛くて、目を逸らす。
「ナツ。目ェ、逸らすなよ。ちゃんと、向き合え」
いつにもなく、彼は真剣なトーンでそう言う。イチくんの声の低さが、心地よくて、頬が朱に染まる。もうやだ。嫌いだーーーやっぱ、自分が嫌いだ。イチくんを好きな自分が。
「向き合うって、何と」
思わず、言葉が溢れた。上限を超えた、溜め込んでいたはずの言葉が、爆発するように、溢れてく。
「向き合うって、何? 自分と? こんなにも情けない自分と? 一体、イチくんは何と向き合えって言ってんの?」
「は?」と、訳がわかないとでも言いたげに、言葉を洩らすイチくん。いつにもなく、冷たい。そんな声色、初めて。聞きたくない。君の口からそんな声色。聞きたくないや。
「情けないってなんだよ。ナツが? ナツが情けないのか?」
「そうだよ。僕が、情けないんだ」
「はぁ?」
「どこがだよ」その言葉が痛い。痛い痛い。その言葉が、深く深く、僕の心を抉るんだ。何も知らないその言葉が、心底、憎くて、愛おしい。君のことがーーー憎くて、愛おしい。
「何が嫌なんだよ、ナツは。オレの何が嫌なの?」
「……違う。何がとか、なんてないから」
君の全てが好きで、君の全てが嫌いなんだ。
「もう……、嫌いなんだよ」
幼馴染の君が嫌いだ。僕のものになってくれない君が嫌いだ。優しくしてくれる君が嫌いだ。僕の名前を呼ぶ君が嫌いだ。他の女の子の名前を呼ぶ君が嫌いだ。他の女の子と喋る君が嫌いだ。僕は、この世界の誰よりも、イチくんが嫌いだ。
だけど、好きなんだよ。
嫌いなところも、全部全部、含めて愛おしいんだよ。嫌いだけど、好きなんだよ。嫌いでも、愛おしいんだよ。こんなにも、好きだから嫌いなんだよ。
「………“嫌い”」
イチくんは、僕が放った、その言葉だけ呟いて、ポロポロと涙を流し始めた。僕は、思わず、目を見開く。
「え?!」
「…………」
「イチくん? 泣かないで?」
泣かせたくせに、泣かないでだなんて、言っちゃダメだろうな。わかってるのに言ってしまう。だって、好きな人だから。
イチくんは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、静かに呟いた。
「嫌われたく、ない」
誰に嫌われてもいいから、君には嫌われたくないの、と、イチくんは泣く。そんなの、狡いじゃないか。そんなこと言ったら、ほら、また勝手に僕は希望を抱く。
「嘘。本当は、イチくんのことが、好き。大好きなんだよ」
ーーーーごめんね、だから、避けてたんだ。
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