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◆ ◆ ◆
イチくんから、放たれた一言に、僕は硬直せざるを得なかった。
吹き抜ける風が、イチくんの髪を揺らす。凛と僕を見つめる瞳。僕とイチくんの間を沈黙が包む。屋上には、僕とイチくんしかいなくて、やけに空が大きく思えた。
「好きって言った? 僕を??」
「あぁ、好きだ。好きって言った」
イチくんは本気で言っているようだった。え、待って。なんで? 好きだなんて前は言ってくれなかったのに。好きだなんて、なんで今更?
「ナツにああ言われてから、考え直したんだ。やっぱり、オレはナツが好き。誰よりも近くにいてほしくて、ずっと離れてほしくないんだ」
僕は口にしなくとも思う。それは、友愛じゃないか。僕の中で、禍々しい感情が、生まれ始める。違う違う違う。僕と君は違うんだ。僕は君に無理に好きと言ってほしい訳じゃないんだ。違う。君の好きは僕の言ってる好きじゃない。
「好きだ、ナツ。ずっとオレのそばにいてくれ」
そんなこと言われたってーーーー
「ごめんね」
「……は?」
君と僕とは釣り合わない。好きの気持ちが冷めて離れる時が来るのが嫌だ。離れる時が来るのが怖い。だから、付き合わない。最初がなければ、最後を苦しむこともないでしょう?
イチくんは、心底理解ができない。という顔をしている。本当に、イチくんは顔に感情が出るなあ。
「なんで? 好きなんじゃねえのか?」
「好きだよ。誰よりも大好きだ。だから、僕と君とは付き合えない」
「はぁ?」
「僕と君とじゃ、何もかも釣り合わない」
気持ちも容姿も。全てが、全て、釣り合わない。きっと、どうせ、空回りするだけ。付き合ったって、虚しくなるだけ。
「…はぁ? 釣り合わないってなんだよ。オレはナツが好きなんだよ」
「イチくんがそう思っていてもーーーー」
「ナツ。お前、決めつけんのやめろよ」
自分の気持ちも、オレの気持ちも、全て決めつけて傷ついて逃げるのはやめろ。イチくんは、怒った様子でそう言った。顔に不満が浮き出ている。
「……決めつけて、ないよ」
「自分とオレは釣り合わないと決めつけて、オレの気持ちも違うと決めつけて、自分のことを守ってる。いい加減、やめろよ」
「……………」
「もう素直になれよ、ナツ」
本当は、イチくんに僕だけを見てほしい。近くにいてほしい。離れないでほしい。ずっと「ナツ」って優しい声で呼んでほしい。嫌わないでほしい。ずっと触れていたい。
「本当は、本当は、大好きだよ!! 離れてほしくないし、嫌われてほしくないし、ずっとそばにいてほしいよ!!!」
僕の言葉を聞いて、イチくんはなんとも言えない顔になる。嬉しいような悲しいような、不思議な儚い顔。それから、静かに囁く。
「オレも。ナツと一緒の気持ちだ」
その声で、心の中が浄化されていく。僕も、君と一緒だよ。許されない恋だろうと、やっぱり、僕は君が好きだ。君の隣にいたいと、強く望む。
「付き合ってくれ」
「ナツ」と、彼は優しく僕の名を呼んだ。
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