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十月桜 第12話(最終)
ふたりは身体の熱が収まるまで抱き合っていた。氷青が忍の額に唇を付けて笑い声をあげる。
「よく頑張ったね、忍さん。怖かったでしょう」
「……怖くなかった」
声の振動を身体で感じながら、氷青の頬に唇を寄せる。
「氷青だったから、怖くなかったよ」
抱き合っているあいだに、あたりは暗くなっていた。障子から漏れる月の光が、ふたりの顔をぼんやりと照らしている。
「忍さんが僕を好きになってくれて、よかった」
氷青が愛おしげに忍の頬を撫でる。
「あなたの父親の影から、あなたを救えないかと思った」
氷青の気弱な笑みに、忍は氷青も緊張していたのだということに気づいた。
父親の顔を思い出す。父は孤独な人だった。自分も父と同じように、孤独な人生を送るのだと思っていた。
自分には、笑顔を見ると胸が温かくなる人ができた。父にもそういう存在がいればよかったのに、と忍は心のなかでひっそりと呟いた。
「暗くなっちゃったね」
忍の髪を指で梳きながら、氷青は障子の影を見上げた。
「今度、ふたりで暗い海を見に行こう」
忍の耳に、遠い波の残響が甦る。答えの代わりに、忍は氷青の胸に耳をそっと押し当てると、氷青の静かな鼓動を聞いた。
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