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十月桜 第6話
忍は家の縁側から、椿の木をぼんやりと眺めていた。初冬の淡い陽を浴びて、椿が丸い葉を鈍く輝かせている。
父も孤独な人であった。そして、同じ孤独のなかに忍を置いていった。
父がほんとうに自分を愛してくれたなら、家霊の呪いも断ち切れただろうに。それは忍が幾度も心に描いた夢だった。父と愛し合いながら、父と共に年老いていく夢。父は三年前に肺癌で死んだ。死ぬまぎわまで、父は望楼の幼い華と睦み合うことをやめなかった。
父の死を期に、忍は実家の庭を椿の木で埋めた。父が遺してくれた明るい記憶は、椿の花を黒いこうもり傘で落とした思い出だけだった。
あの日の晴朗とした空の高さを、忍はいまでも覚えている。
父の笑顔を胸に、忍は歩いていこうと思っていた。
時折、ふとした瞬間に、氷青のことを思い出す。望楼の犠牲になった青年は、忍の心に棘を刺したまま、忍のもとを去っていった。
あのとき、氷青と枕を交わしていれば、自分は少しは変わっていただろうか。忍はあの日から望楼へ行くのをやめた。一族の者はまたおかしな真似をすると忍を責めたが、忍は、自分が望楼へ通うことで氷青の死に加担したような気がしてならなかった。
氷青は、自分が誰かを愛するべきだと忍へ言った。忍は、氷青の愛情を受け入れなかった自分には、やはり人を愛する資格がないと思った。
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