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十月桜 第10話
寝室に布団を敷くと、忍は氷青と共に布団へ入った。ふたたび身体が硬くなり、顔が強ばってくる。
「忍さん、大丈夫?」
「久しぶりだから、緊張しているんだ……そういえば今まで、氷青の本名を聞いたことがなかったな」
「名前は本名なんだ。僕の本名は、正田氷青(しょうだひさお)。正しいに田んぼって書いて、正田」
氷青は忍を落ち着かせるように、優しく忍の頭を撫でている。忍の肩の力が抜け、身体が布団へ深く沈み込む。
「無理はしないから、ゆっくり息を吸って」
忍の背中を叩きながら、氷青は忍の耳元で囁いた。今から自分に触れる手は、父のものではない。が、父よりも温かく、優しい手だ。
「僕のことが好きって、言って」
「……氷青が、好き……」
「僕も忍さんが好きだよ。あなたに初めて会ったときから」
「氷青」
言葉を覚えたての子供のように繰り返す。
「氷青……きれいな、名前だね」
「忍さんも」
ひっそりと呟いて、氷青が眩しげに笑った。笑みを浮かべたまま、氷青が忍の唇に唇を付ける。
「……平気?」
忍が頷く。氷青は忍に唇の感触を覚えさせるように、浅い口づけを何度も繰り返す。
氷青は忍の身体をゆっくりと開いていった。確認しながら少しずつ、身体の深いところへ触れてゆく。忍は徐々に自分の体温が上がるのを感じた。氷青の熱い肌に背中を添わせて、氷青の指と唇に身体を委ねていく。
「思ったよりも、素直な身体だね」
下生えをかきわけて、氷青が萌した忍の中心に指を絡めた。
「新しい雪みたいで、跡がつけられないよ」
忍はふと昔の記憶を思い出した。小学生のころ、体育の授業でプールがあったときの記憶。
父は忍がプールで裸になることなど構わずに、忍の身体に跡を残した。不自然な鬱血に、体育の教師は見て見ぬ振りをした。友人から父の跡を指差されると、忍は恥ずかしくて身体がすくんだ。
「忍さん」
氷青に目元を拭われて、忍は自分が涙を流していることに気づいた。身体を抱きしめられる。喉で声が詰まって、嗚咽が漏れる。
「体育の授業で、人に身体を見られるのが辛かった」
「うん」
「お父さんは私の都合など考えてくれないんだと思った」
氷青に規則正しく背中を叩かれる。涙が目から溢れて、頬を冷やして落ちる。
「私はお父さんに跡をつけないでと言えなかった」
「うん」
「お父さんが私を抱いてくれなくなるのが怖かった」
氷青は忍の目に唇を寄せると涙をそっと舐めた。
「あなたはお父さんがほんとうに好きだったんだね」
氷青に心の声を言い当てられて、ふたたび忍の視界が霞む。
「でもあなたの「好き」とお父さんの「好き」は重ならなかった。あなたはそれがずっと辛かったんだ」
「たぶん……」
「僕は、僕の「好き」とあなたの「好き」をいっしょにしたいよ。いくら時間がかかってもいいから」
「……うん……」
忍はふたたび氷青の胸に顔を埋めた。しゃくりあげて嗚咽を漏らしながら、ここはいくらでも自分が泣いていい場所なのだと思った。氷青は自分の悲しみを受け止めてくれる。五月の若葉に降る憂鬱な雨を、やわらかい土で吸い取ってくれる。
忍が泣き止むまで、氷青は忍を抱きしめていた。時折指で涙を拭いながら、氷青は忍の髪をそっと撫でている。
「ちょっと疲れたね。今日はここまでにしようか」
少し芯を持った氷青の陰茎を見下ろして、忍はかぶりを振る。
「続きがしたい」
「無理をしなくてもいいよ」
「氷青とひとつになりたい。氷青はお父さんとは違う。わかっているから」
氷青は忍の頬に唇を付けると、潤滑油を探してくる、と言った。
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