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侘助 第2話
望楼はごくわずかな者が知る娼館で、ある港湾都市の内部に建っていた。数キロにわたってつづくコンビナートの敷地内に、ひとつの街がある。敷地内には社宅と学校が併設され、街は企業の自警団によって管理されている。地元の警察も干渉することができない一種の治外法権区域であった。
望楼は深い竹林のなかにあり、数奇屋造りの建物の周囲には、さまざまな種類の椿が植えられていた。
幼いころ、私は父とふたりで望楼の椿の木を傘で叩いて遊んだ。父が黒いこうもり傘で椿を叩くと、花が大粒の雨のように降ってくる。父は屈託のない笑い声をあげて私を見た。真似してごらん、と私に持ち重りのするこうもり傘を渡す。
私が椿を落とすと、白い花や赤い花、かすりが入った淡いピンクの花が花崗岩の石畳に降り積もった。あざやかな雪のようだった。
あの日の父は終始明るい笑みを浮かべていた。ふだんは私に関心のない父である。私はいつも父の顔色を窺い、父が喜ぶ瞬間を待っていた。が、勉強や運動で一番になっても褒められはしなかった。一族の者にとってそれは当然のことであったからだ。
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