侘助 第1話

1/1
前へ
/23ページ
次へ

侘助 第1話

 父の在所で投扇興が催された。  投扇興とは、枕という木の箱の上に置かれた駒を扇で落とす遊びのことである。扇と駒――私たちはいちょうの葉のような駒を蝶と呼んだ――が落ちたかたちで点を競う。  扇と蝶がたわむれる役名には、源氏五十四帖の名がつけられていた。ひらいた扇の上に蝶が立てば浮船、扇と蝶がばらばらに倒れていれば花散里というように。扇と蝶の微妙な位置によって点が決まるので、参加したものは扇の見立てでさざめきたつ。技の見立てはその場の一番の年長者が行うことになっていた。  私が子供のころに参加した投扇興は、大人よりも活躍できる唯一の機会であった。緋毛氈の上に正座をし、扇をすらりと横にすべらせるように投げる。扇がふわりと浮き上がってしまうので、力の加減がむずかしい。  当時小学生だった私は、やがて扇と蝶の見立てがべつの意味を持っていることに気づいた。  大人たちの愉しみは宴ののちにあった。投扇興のその日の見立てによって、望楼の華たちと睦み合う。いたずらに酒を過ごさぬよう、目配せし合う大人たちのひそやかな笑いが、子供のころの私には無邪気な宴の細波であるように感じられた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加