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行く春4
昇降口から外へ出ると、雨が道路を叩き始めていた。
真生は雨のなかを歩いていった。校門を越えてバス停へ向かう。冷たい雨は、幾重にも滴を重ねて強くなっていった。
心が麻痺したように、何も考えられなかった。真生はバス停の濡れたベンチのまえに立って、いまだにコートの胸元を押さえていた。
地面に白い星が落ちた。見上げると、桜の花びらが宙を舞っていた。少しずつ増える、地上の星。真生は胸のつかえが溶け出すのを感じていた。
涙が出そうだと思ったときには、すでに子供のように泣きじゃくっていた。里枝子に謝りたかった。親友、暗号のような詩の文句、キスの意味。里枝子の思いも、自分の思いすらも、もつれて、ぐしゃぐしゃになって、自分が何を言いたかったのか、何をしたかったのかも、わからない。
雨に打たれながら、なすすべを知らぬ子供のように、真生は泣いた。
市の図書館で、ローランサンの画集を見つけた。大判の、重い画集を手に、窓際のソファへ腰を下ろす。
南側へ大きく切り取られた窓から、公園の桜が若葉の生え揃った枝を伸ばしてそびえているのが見える。その年の桜は、連日降り続いた雨を吸って地面に叩きつけるように花を落とした。
画集をひらくと、グレーと淡いピンクが基調の、ものうげな少女の像が目に入った。午睡の夢のような、ソフトフォーカスの世界が、ページを繰るごとに眼前に広がる。
詩人の肖像画のとなりに、鎮静剤という題名の詩が載っていた。
言葉遊びのように、ひそやかな暗号のように、くりかえす言葉の波をたどる。
その詩の最後に、里枝子の問いの答えを見つけた。
追われた女よりも
もっと哀れなのは
死んだ女です
死んだ女よりも
もっと哀れなのは
忘れられた女です
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