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 床一面に敷き詰められている(から)(くれない)色をした短毛の絨毯は、フワフワして歩きやすい。誰もいない廊下には、炊飯器にタイヤを付けたような掃除機の、くたびれた吸引音だけがずっと響いていた。  今どき化石のような掃除機を引き摺り、廊下の壁伝いにノズルの先端を滑らせているのは、背が高く華奢な体躯をした若い男だった。白いシャツに黒のスラックス姿をしている若者は、名前を理仁(リヒト)と言った。  理仁は21歳で、3年前から天ヶ崎家のお屋敷で使用人として働いている。18歳より前の記憶が無く、身寄りも無い。そんな彼を雇ってくれる天ヶ崎家は理仁にとって救いだった。特別な仕事が無ければ、こうして毎日、チリ一つ無い絨毯を眺めていた。    銀朱(ぎんしゅ)色に染まる紅葉(もみじ)並木は、秋風に揺れチラチラと外光を反射している。そんな柔らかな光が廊下の窓から射し込み、白壁を橙色に揺らしていた。  美しい現象に彩られた壁を楽しんでいた理仁は、視界の隅で小さく動くものに気付いた。焦点をそれに合わせ、白い手だと分かる。廊下の壁に一つだけある白いドアが僅かに開き、ひょっこりと手首の先が覗いていた。  クイクイと、何度もお辞儀させている。このお屋敷のお嬢様、天ヶ崎(あまがさき)花蓮(かれん)だ。彼女は19歳。いつも僕を気に掛けてくれる。記憶喪失だった僕に、理仁という名前を付けてくれたのも花蓮だった。そんな彼女は、時折りこうやって、僕を呼ぶ。  
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