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金平糖の入った小瓶を制服のブレザーに忍ばせて、俺は恐る恐る教室に入った。
というのも、普段は遅刻ぎりぎりの俺。こんなに早い時間に登校することなどないに等しいからだ。それもこれも、入れ替わりたいと願う相手である竜崎さん目当てだ。
「おっ。真也、今日は珍しく早いじゃん」
今年度始めて同じクラスになった片瀬悠也にさっそく茶化された。
俺は、長身の悠也を見上げて答えた。
「あぁ、うん。俺だってたまには……な」
そう答えつつも、俺が気になるのは竜崎さんだけだ。
俺は竜崎さんがすでに登校しているのを、視界の端に確認する。
竜崎香織さん。我が三年三組の優等生。俺は竜崎さんに片思いをしている。
ふたつくくりの黒髪に眼鏡の竜崎さんは少しダサめの外見だが、妙に俺のツボにはまった。
竜崎さんはいつも教室で難しそうな本を読んでいる。だからクラスメイトとは積極的な交流を持たないのかと思いきや、一学期の期末テスト直前には俺が解いていた問題の間違いを指摘してくれた。そして、それが見事テストに出た。そのおかげでこんなバカな俺でも高得点……とまではいかなかったが、ますます竜崎さんのことを好きになったことは確かだ。
噂によると竜崎さんは国立大の医学部志望。となると、将来は医者。悲しいかな、俺とは根本的に違う。
ほんの少しだけ、こんな俺が竜崎さんと入れ替わっていいのかと思う。
だが、夢でピエロは「おめでとう」と言っていた。だから、俺が竜崎さんになってもいいはず。
というかそんなことは言い訳だ。俺は竜崎さんになりたくて仕方がない。
自席に通学カバンを置き、俺はもう一度ブレザーのポケットを確認した。よし、金平糖の入った瓶はちゃんとポケットに入っている。
教室の一番後ろの窓際の席。今朝も竜崎さんは分厚い本に視線を落としている。
俺はやや気後れしながらそっと話しかける。
「竜崎さん。ちょ、ちょっといいかな……」
「何?」
顔を上げて俺を見つめた竜崎さんの吊り気味の瞳。眼鏡越しに俺を見つめるその瞳にドキドキするが、胸に手をやって心を落ち着かせる。
「あ、あのさ。今から俺が言う通りの動作をしてほしいんだけど……」
「何? 言う通りの動作って」
俺は早口でピエロから告げられた動作の説明をした。
「あの、俺と握手をしてから俺の顔を見てくれるだけでいいんだ」
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