宵山Opening Night

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3  放課後、すぐに学校を出て、俺はいつもの場所でエレキギターを取り出して、弾き始めたっス。いつもの場所っていうのは、阪急の京都河原町駅を出てすぐの場所、高瀬川が流れてる所。向かい側にマックが見える場所っスね。  いつもは素人の俺の演奏で立ち止まって聞いてくれる人なんて居ないんスよ。信号待ちの間にちょっと眺めて、青信号になったらすぐに歩いて行ってしまう。寂しいっスね。ただ、その日だけは立ち止まって聞いてくれる人が居たっス。テンション爆上がりだったっスね。スゲェ美人さんだったんで……。ただ、残念ながらその人は俺の演奏目当てじゃなかったんスよ。だって、第一声が 「ちょっと君、いいかな? 話を聞きたいんだけど……」 でしたから。ガッカリっスよ。いや、もしかしたらスカウトかもって思い直して喜んだっスけどね。ぬか喜びでしたね。だって、その人は俺と同じ高校の制服を着てましたからね。 「はぁ、何スか?」 「貴方、私と同じ高校の人だよね? 文化部の合同新歓の時に軽音部で見かけた事があるんだけど……」 「はぁ、そうっスけど……。あ、もしかして!」  そこまで言われて思い出したっスね。俺の高校では仮入部期間が終わった後に文化部だけで合同の新入生歓迎会をやるんスよ。で、その人が一学年上の美術部の部長さんって事を思い出したっス。凄い美人だったんで、少し見惚れてたっスから。 「思い出したみたいね。私は美術部部長の宇野美月(うのみづき)。君は確か、雷動くんだったよね?」 「はい。そうっスけど……」  宇野先輩はなんか慌ててるみたいでしたね。急かすように俺に聞いてきたんスよ。 「他の部活の子に聞いたんだけど、君、乃木心(のぎこころ)って子と同じ中学だったって本当?」  乃木心って名前には思い当たる節はあったっス。ほら、俺、さっき「中学の頃は部活もせずに家に帰った」って行ったじゃないスか。乃木とは同じクラスで、彼女も部活しないで帰る派だったんスよ。クラスで俺ら二人が帰宅部で、途中まで帰る方向も一緒だったんで、帰り道に色々と話したんスよね。乃木は目に障害を持ってるとかで両親が迎えに来てくれないから、明るいうちに帰らなきゃいけないって聞いて……。俺も家の事情とか話して、お互い大変だねって言い合ったことを思い出したっス。たまに時間に余裕のある時は乃木の家まで送ることもあったっスね。プライベートな話なので、宇野先輩に勝手に話すのはちょっと悩んだっスけど、あまりにも先輩が真剣な表情してたんで乃木のことを色々と教えたんスよ。ついでに家の場所まで教えたのは言い過ぎかなって思ったっスけどね。そしたら、 「ご協力ありがとう! 助かったよ」 って礼を言われて……。美人に礼を言われる機会って、あんま無かったんでちょっと照れ臭かったっスね。  それから、宇野先輩はわざわざ俺と握手してくれたっス。美人に手を握られて、心底ドギマギしたっス。ただ、ちょっと妙な感じもしたんスよねぇ。なんか心の奥底まで覗かれてる……みたいな?  手を握って数秒くらいっスかね。宇野先輩は 「ふぅん、成る程ね」 って頷きながら言ったっス。そして、次に言われた一言に俺は愕然としたっス。 「君、最近、嫌なことあったでしょ。夢が叶わない……とか、思い通りにいかないとか、そういう系の。そして、家族絡み……なのかな?」 「え……? 何で?」  「そんなこと分かるんスか?」って台詞を続けようとしたら、宇野先輩に遮られたっスね。 「さっきの演奏、凄く上手かったよ。真剣にギターを弾いてるのが伝わってくる。でも、同時に怒りのエネルギーっていうか、思い通りにならないムシャクシャを全部吐き出してぶつけてやるっていう感じがしたの。  で、君のことは帰りによく見かけてたから。放課後、いつもここら辺で遅くまで演奏してるよね。家族とか家から離れたいのかなって思ったんだ。それで、さっきまで弾いてたのはオリジナルの曲なのかな? 『夢に破れて』とか『思い通りにいかなくて』ってフレーズが歌の中によく出てきてたから、自分がそういう経験をして、怒りを感じながら歌ってるんじゃないかって」  ……全部、その通りだったっス。図星って、ああいうことを言うんだって思ったっスね。そして、宇野先輩は俺にアドバイスをくれたっス。 「君の演奏は上手いけど、君の怒りの感情が強すぎて聞いてくれる人は皆、引いちゃうんだと思う。君が怒りを抱える原因となった問題にしっかりと向き合う必要があるのかも」  そう言い残して、宇野先輩は去っていったっス。俺はその姿を見ながら、呆然と立ち尽くしてたっスね。先輩の言葉が脳裏に焼き付いて、何度も反響してたっス。  そして、それ以来っスかね。何となく、俺はギターの弾き方が分からなくなった。自分の演奏に何処か違和感を持つようになっちゃったんスよね。それで数ヶ月くらい、俺はギターを弾くのをやめちゃったンスよ。
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