宵山Opening Night

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4  それから数ヶ月後、気がついたら一学期も終わって夏休みに差し掛かろうとしてたっス。俺の高校はカリキュラムが早いんで、7月16日の宵山の日が期末テストの最終日だったんスよ。そこから、終業式までの間に一週間の補習期間があって、この期間はテストが赤点じゃない奴は普通に休みになるンスよ。俺も赤点は一つも無かったんで、その日から休みでした。  テストが終わった後、軽音部の友達や先輩から「一緒に宵山行こうぜ」って誘われてたんスけど、「家の用事で……」って言って断ったっス。勿論、家の用事なんか無いっスよ。むしろ、家から離れる為に宵山には行こうとしてたっスから。ただ、やっぱりスランプのせいっスかね。あの日以来、軽音の連中と一緒に演奏する機会も減ったっス。今の俺の演奏がしっくりこなくて、演奏自体したくなくなったんスよね。だから、ギターだけを持ち歩いて、演奏するでもなく夜の街を一人で放浪するっていう訳の分からん徘徊野郎に成り下がってたっス。傍から見たら変な奴だったんだろうなぁ。  で、この日も俺は友達を置いて、一人で烏丸御池に向かったっス。友達に会いたくないって理由で駅近のスタバで適当に時間を潰してたっス。宵山なんで道を歩いてく人の方が多かったから、店の中は案外空いてたっスね。ギターを傍らに置いて、「何やってんだろうなぁ、自分」とか思いながら、ぼーっと外の景色を眺めてたっス。    気付いたら、夕方から夜になってたっス。外は夕方の時の倍くらい多くの人でごった返していて、どっかのテーマパークのパレードかってくらい賑わってたっス。  ふと、俺が窓の外を見たら、偶然、浴衣を着た黒髪ロングの美人と目が合ったんスよ。何かその人、この世の者とは思えないくらいの美しさで、それが逆に不気味に感じたっス。で、その美人は俺の方を三秒くらいっスかね。じっと見つめて、ニヤッと笑ったっス。ほら「本当にあった怖い話」ってドラマあるでしょ。あれに出てくる幽霊みたいな笑い方でしたね。そしたら、何故か急に、俺は何処かに行かなきゃいけないって気分になって、急いで店を飛び出してたっス。  ところで宵山に集まる大体の人は国道367号の大通りとか、地下鉄の烏丸駅ら辺の大通りとか、出店がずらっと並んでる辺りに集中するンスよね。普段の俺だったら、此処で人混みに揉みくちゃにされながら「黄金のとりから」とか「たまごせんべい」とか買って、呑気に立ち食いとかしてたっス。  でも、この時の俺は違ったンスよね。まるで誰かに呼ばれたみたいに、あるいはそうしなきゃいけない予感がしたって言い方が正しいっスかね。そういった大通りとか山鉾がある場所とは反対の方向に足が自然と動いてたっス。  コンコンチキチンっていうお囃子の音が段々と自分から遠ざかって、俺は八坂神社の方へ向かってました。    宵山のメインスポットでは無いんすけど、宵山の八坂神社も結構、出店とかあって賑わってるンスよ。西御座、中御座、東御座の神輿っていう豪華な神輿が三つ展示されてて、凄ぇ金の装飾でヤバかったっスね。お参りに来てる人も結構、居たっス。  ただ、俺の足は境内の奥の方まで勝手に進んで行ったっス。此処まで来ると、宵山の喧騒はもはや別世界ってくらい無くなってて、人もまばらで幽霊でも出そうな雰囲気。灯りと呼べるのは街灯の白い光と自販機の光くらいで、あとは全てが闇。「静寂」って言葉がピッタリの空間っスね。上空に見える星明かりすらも、宵山の賑やかさと対照的な雰囲気のせいで怖く感じたっス。  真っ黒でよく分かんなかったっスけど、目の前に急に大きな黒い影みたいなのが現れて、一瞬ビックリしたっスけど、すぐに「あぁ、円山公園の枝垂桜だな」って思い至ったっスよ。そこら辺でふと我に返って、辺りを見回してみると確かにそこは円山公園なんスよね。でも、本当に人が俺以外誰も居なかったので、普段の円山公園の賑やかな面影は無かったっスね。俺だけ違う世界に飛ばされたみたいな……。  とりあえず、俺は枝垂桜の真下に立ったっス。そして、何かこう心の中で急に込み上げてくる物があったンスよね。それが「怒り」なのか「悲しみ」なのか或いは「喜び・楽しさ」なのか、どれに当てはまるかは正直分かんないっス。強いて言うなら「急に騒ぎ出したい感・叫びたい感」って呼ぶべきなのか……。そういう感情が心の中を埋め尽くしたっス。  すぐさまギターケースからギターを出して、思いっきりピックで弦を弾いたっス。でも、あの時、何の曲を弾いたんだろう? すんません……。肝心なとこっスよね。思い出したいンスけど、あの時は無我夢中にギターを弾きまくってて、何の曲を弾いたのかは覚えてないンスよ。正直な話。  で、ギターを弾きながら俺は思いっきり叫んだっス。メロディーに乗せて、心の中から湧き上がってくる言葉をそのまま。悔しさ、悲しさ、怒り……。  そしたら、いつの間にか、俺が全く気付かないうちに目の前にはズラッと人が並んでるんスよ。老若男女、浴衣を来てる人、スーツの人、うちの高校の制服を着てる人も居たかな……。顔はよく思い出せないっス。ただ、どの人も俺の演奏を真剣に聞いてくれるってことは伝わってきたっス。  額には汗が滲んできて、それでもピックを必死に動かして、枯れるまで声を出し続けたっス。心の中にある物を全部ぶちまける気持ちで……。そして、俺は意識せずにある一言が喉からポロッと零れ落ちたっス。 「あぁ、そっか……。俺、誰かに認められたかったんだ」  方相氏として堂々とした振る舞いを大勢に見せていた親父に憧れを抱き、親父に認められたかった。だから、俺は方相氏を目指してた。でも、優秀な兄がいつも父に褒められて悔しかった。だから、神社の手伝いを必死にしたけど、それでも親父は認めてくれなかった。兄も出来の悪い俺を馬鹿にした。憧れた役割すらも奪われ、結局、俺は一度も認められなかった。  「誰かに認められたい」という承認欲求。俺がずっと抱えていた感情を俺は今、初めて自覚した。その瞬間ーー。  拍手。割れんばかりの拍手が静寂な闇の中に響いた。目の前に居た観客が俺の「気づき」を褒め称えるかのように、拍手喝采している。心地良かった。今、俺は、俺の音楽は此処に居る観客に認められたんだ……。  その時、ふっと街灯が消えたっス。蝋燭の火を誰かが息で吹き消した時のように。それと同時に、目の前から人が、ズラッと並んでいた観客が一人残らず霧とか靄みたいに掻き消えた。漆黒の闇の中に俺だけがポツンと取り残された。恐怖。不安。手探りで辺りを見回すが、やはり闇の中。  そこで俺が目を覚ますと、俺はさっきのスタバに居たっス。「あぁ、夢か」って思って、窓の外を見るとさっきの不気味な雰囲気の浴衣美人がニヤリと気味悪い笑みを浮かべて、俺を眺めてたっス。そして、呆然としている俺に片手で軽く手を振りながら、人混みの中に消えていった……。
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