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中学三年生の和也はとても不安気な顔をしていた。
10月のはじめ残暑の湿気がまだ残っている中半袖でも十分過ごせる。時期が時期なので将来のこと、受験のこと、勉強のこと、学校のことは当然だが両親の今後のことを思うと将来のことなんてちっぽけな悩むだと感じている。さらに追加のパンチで残暑のじめじめとした暑さが僕の不安をさらに強くしていく。
悩んで悩んでいくうちに不安の種からポンポン芽が生えていき僕の脳内を逃げ道のない樹海に侵されているかのようだ。
そんな樹海を一瞬で枯らすものが一つだけある。料理だ。
あまり、料理の腕には自信はないがカレーは世界一美味しく作れる自信はある。
普段悩んでいる時、不安な気持ちでいっぱいの時は大根やじゃがいもといった硬い野菜を包丁でさくさくという音を奏でながら切っていくのにハマっている。
気分が落ち着いたところで軽く身支度をすませラッピング済みの黄色のトルコキキョウを一束抱え履き慣れていない革靴を履いて玄関のドアを開ける。
空は雲がかかったり、かからなかったり。不定期な天気が繰り返していく。
上のカギ穴をしっかり閉め、玄関を後にする。
しかし、十数メートル歩くとすぐにカギをかけたのか不安になりまた駆け足で家に戻る
念のためドアを引くガチャガチャと音が鳴ると安心したかのように家を後にした。
家を出て左に曲がりそのまま真っすぐ80メートルぐらいに歩くと右手には古びたりんごの果樹園が悲しそうな顔でこちらを覗くようにたたずんでいる。広さはサッカーコートを半分にしたぐらい小さな果樹園である。
開業はしているらしいが、あまりにも人気がなくただリンゴの木がなっているアート作品だと通行人は思うのだろう。
そんなリンゴの果樹園も8年前の7月僕が小学一年生の頃には今よりは活気があった。
僕もお母さんとお父さんの三人でリンゴの取り放題に参加していた。
1時間1800円と格安で買い物かごよりも一回り小さいカゴに落とすことさえしなきゃ何個でも積んでもいいので僕はまんべんなくリンゴをカゴの中に入れたらお父さんが
「和也、こんなに一人で食べきれるのか?」と僕に小馬鹿をしているような半笑いで聞いてきたので
「大丈夫!僕お母さんの作ったアップルパイ毎日食べるの!」と宣言する。
母親は嬉しそうに「そう、わたしも腕を振ってみますか!」と腕を高めにあげて、二の腕付近い押さえて負けないように背伸びをしてお互いに張り切るポーズを取っているが少し軟弱かつ額からは汗が流れ込んでいる。
僕は最初不安気な顔で母親の膨らんだ腹を見て声をかけようかとしたがこの時期だから暑くて汗が出ているのかとふと思ってしまった。
母親からのエールをもとに僕は両親を置いて無我夢中でリンゴをカゴにつめに行く
半分まで埋まることができたので両親に報告しようと元の場所へ向かう。
すると母親は腹を抱え膝から崩れ落ちている。額からは先ほどとは尋常ではないほどの大量の汗が流れている。
管理人のおじちゃんはバスタオルで母親の額を拭いてくれたり周りの客の対応を行っている。お父さんは電話で誰かと話している。
お父さんは僕の方を見つけると駆け出して
「今から、救急車にのって病院に向かうことになった、お前も一緒に行くぞ。」
僕は急な展開に頭が追い付かないままポカーンと立ち尽くしていた。
数分後に救急車が到着し、担架で母親が運ばれると同時に僕と父親は救急隊員の指示で救急車の中に入る。
僕と父親は母親の手をぎゅっと握ったまま苦しそうな表情を浮かんでいる母親を見守ることしかできなかった。
新たな命を背負った車は病院に向かった。
分娩室で大きな悲鳴を上げている母親の声を廊下のベンチに座って僕と父親は祈って待つことしかできなかった。
6時間が経過したあたり分娩室から助産師の方が出てきた。
「無事出産は成功です!お母さんの身体も無事でした!
長い時間、よく頑張りましたね。」
6時間も現場で作業をしていた助産師さんの顔は疲れていたけどそれでも僕たちを優しく褒めてくれた。
僕と父親はすぐさま母親のいる分娩室に入り疲れ切った母親の手をギュッと握り
「頑張ったね、おめでとう」と涙を流しながら囁く父親
「坊や、弟ができましたよ」と助産師さんが抱えていた赤ん坊を見せてくれた。
本当に見た目は猿に似ていて僕自身猿が嫌いだから見ることに劣等感を抱くのだが見れば見るほどに小さな生き物だと感じだんだん自分の小さな手のひらで包みたく萎えるような愛くるしさを覚えた。
―これが、母性本能なのか??―
「抱っこしてみるかい?」助産師さんの問いに答えるように僕は赤ん坊を抱っこした。
―スパン!ー
日本刀で切られたかのように赤ん坊の首がぶっ飛んで大量の血が僕の顔に降りかかった。
舌で拭うとこんな小さいからだから溢れる大量の血は臭みや苦みもドロドロした形状ではなくチョコレートのような甘さで匂いは僕が大好きなリンゴの香りが、、
ひたすらその血を舌拭う
甘い、甘い、美味しい、美味しい、甘い、甘い、美味しい、甘い、甘い、甘い、甘い
甘い、甘い、甘い、もっと、甘い、もっとくれ、あま、もっともっともっともっともっと
助産師さんは不気味な笑みで笑った。
!!
なんだ、夢だったのか。
時刻は夜の8時で夜はもう外は真っ暗で分娩室から運ばれて8時間ぐらい経過していた。
最悪な夢を見ていた。まるでこの後自分が最悪な運命に攫われてしまう正夢を見ていたのではないかと予感してしまった。
その予感は的中した。母親は流産した。
僕を産んだときは帝王切開術で体に負担をかけてしまったらしく出産が難しい状況だと医者から忠告されても母親は死んでも産むと断言したそうだ。
僕はその事実を初めて知った時に自分だけが生まれてしまったこと自分が新しい命を殺めてしまった罪悪感でその場から泣き崩れた。
母親は身体的、精神的に多大なる負荷がかかり半年入院することになった。
僕は学校が終わったら毎日母親のお見舞いに行って勉強のこと、学校のこと、友達のこと
父親のこと話して少しでも母親が元気づけるように努めていた。
何より、友達の少ない僕は学校の人気者である設定で偽りの自分を演じるのは精神面でも辛かったことがあったが、うんうんと話を聞いて笑顔を見せてくれる母親の姿を見ればそんな辛さなんて屁みたいなものだと感じる。
半年後に母親は退院して家に戻ることができた。
体調も精神面も安定していて食欲も妊娠している時より増えてバクバク食べている姿を見ると元気になって本当に良かった思う。父親は仕事で疲れているのにも関わらず母親の家事を手伝うようになって少しでも負担をかけないように努めていた。
そして、母親が退院した1か月後の誕生日でカレーを作った。サプライズとして以前に父親からカレーの作り方を伝授してもらっていたのだ。
食材はじゃがいも、にんじん、牛肉といったシンプルな食材でカレーのルーは付近のスーパーで一番高い高級ルーを使う、そして隠し味に小さな果樹園で取ったりんご。
これにより、高級ルーの苦みかつコクがある風味にリンゴの甘さが非常にマッチしている。
母親は美味しい、美味しいと何度も連呼して堪能していた。
「お母さん!明日はアップルパイ一緒に作ろうよ!」
翌日に飽きるほど、リンゴをなくすほどアップルパイを食べたのだ。
そんな回想をしていたら母親入院している病院についた。
残暑の暑さで額からは汗が垂れ流して歩くのがしんどくなってきた。
黄色のトルコキキョウは暑さに強く太陽の光に向けて咲いている。なんてタフな花なんでしょう。
入り口のドアを開き、窓口で名前を聞いて母親がいる病室についた。番号は077
ふぅ、軽く一息をして少し重たいドアをスライドした。
「お母さん、久しぶり。」
半年ぶりに見た母親の笑顔は昔と変わらず
息子の僕が言うのも恥ずかしいが愛嬌のあるとても可愛らしい笑顔だ。
膨らんだ腹をみて不安気な顔を一切せずに黄色いトルコキキョウを手渡した。
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