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3
あれから一週間、一生懸命答えを見つけようと考え続けている。
都築に対して恋をしているのか、ということではなく、何故祐が俺の気持ちに気づいたのかについてだ。
さすがに内容が内容(兄貴の恋人を俺が好き、だとか)なだけに兄貴に相談することもできず、ましてや都築になんて無理な話だった。祐にいたっては珍しく小悪魔みたいに笑みを浮かべるだけですぐに話題をかえられ、ヒントすらくれないつもりのようだ。
今までの俺は困ったときはいつも兄貴頼みなところがあった。何も見ず、何も学ばず、自分の頭で考えない行為だ。
兄貴がつらかったとき俺はなにもできなかった。いつまでもそれじゃダメだということだろう。祐が言うように自分ひとりで考えて答えを出さなくては同じことの繰り返しだ――。
そうしてクリスマス直前、というころになって初めてひとつの考えが浮かんだ。
『祐は俺のことが好き――』
いや、まさか……。祐とはそういうんじゃない。ふたりでいるのが楽でそれでつるみ始めたけど、こと恋愛について話したのはこないだが初めてで、俺も祐も恋愛とは無関係に生きていると思っていた。それが実は俺が恋をしているのだと言うのだから、祐が恋をしていたとしてもおかしくはない――?
何度考えてもそこに辿り着くが、だけど、と思う。もしも俺に恋をしていたとしたら、俺が別の人に恋をしていて、それを黙って見つめ続けてきたということになる。
祐に都築に恋をしているのだと言われ、原因不明の胸の痛みも都築のことが好きだったからだと今は納得している。だとしたらあの胸の痛みを祐も――?
無自覚な俺があれほど痛かったのだ。祐はどれだけつらかっただろうか――。
俺は鈍い方なのかもしれないけど、人の気持ちを軽んじたり疎かにしていいとは思っていない。ましてや大切な人ともなれば――、これ以上傷ついて欲しくない。
だからと言って気持ちもないのに祐と付き合うのは間違っているだろう――。
じゃあどうすれば?
*****
答えは多分あってると思うのに、その答えの先の本当の答えが分からないままクリスマス当日を迎えてしまった。
「さ、答え合わせだよー♪」と、祐になんの変哲もないロマンティックの欠片もない場所に連れて行かれた。
「――で、答えは分かった?」
にこにことそう訊ねる祐の目元は少しだけ赤く、口角を上げた唇は僅かに震えてるように見えた。
ごきゅっと喉が鳴る。そして俺は躊躇いながらも答えを口にした。
「――俺を……好き、だから?」
祐は俺の答えを受けて、パチパチと瞬きをしたあと「正解!」と拍手した。
「あは、まさか当たっちゃうとはねー。外れてたら適当に誤魔化そうと思ってたんだけど、そうもいかないね。一哉くんの言う通り、僕は一哉くんのことが好きだよ」
「――どう、して?」
「どうして? そんなこと訊いちゃうんだ? そうだねぇ……第一に明るいとこかな」
「明るいだけなら兄貴の方が……。兄貴なら――」
「えーやだなぁ、そんなこと言われると悲しくなる」
「ご、ごめん……」
「ううん。他にもいっぱいあるよ。一哉くんのいいところ沢山あるんだよ。僕さ、見た目がちょっとふわっとしてて軽そうに見えるから誤解されちゃうこと多くて、寄ってくるのは軽い遊びたいだけの人ばっかりだったんだよね。でも、一哉くんはノリはいいけど軽くはないし、僕をちゃんと尊重してくれた。それに自分でも気づかないくらい純粋に恋をしてたじゃない。最初は応援してたんだ。でもそれってお兄さんや恋人さんの仲を引き裂くってことだからさ、そんなの一哉くんも望んでないでしょう? だったらその相手が僕ならみんなハッピーなのになぁって――」
祐はそう言って笑って、瞳に溜まっていた涙がひとしずく零れ落ちた。
俺は思わず抱きしめたくなったけど、そうはしなかった。大事な答えを出せていないのに抱きしめてしまうのはダメだと思ったからだ。そして代わりに疑問に思ったことを口にする。
「――どうして……、どうしてここにしたんだ? 俺が間違ってたら誤魔化すつもりだったって言っても一応は告白の可能性もあっただろ? もっとロマンティックな場所の方が――」
こんななんの変哲もない、記憶にも残らないような場所。
「そんなの、失恋するのにロマンティックな場所にするなんてできないよ。ここだったらどっちに転んでもなんてことないこととして流せるじゃない」
あぁ……と思う。こんなに祐って健気で可愛かったっけ? そりゃあ見た目は可愛い部類に入ると思うけど、そういう話ではない。
どんな場所であっても失恋したら痛いはずなのに、きっとこれは俺の為、こんな場所でもしも告白することになっても、ここならそう大したことないって思うように、いつもの冗談の延長線上のものだと思うように。本当、バカだな。祐も、俺も――。
俺は今度こそ祐を抱きしめ、そっと腕の中に閉じ込めた。
俺の中に芽生えた想い、いや今なら分かる気がする。
いつのころからか芽生えていた想い――。
「好きだ」
あんなに考えても考えても答えが分からなかったのに、するりとそんな言葉が口をついて出た。答えの先の本当の答え、俺の気持ち。
確かに俺は都築に恋をしていた。だけど――その上にまるで雪がふわふわと降るみたいに少しずつ、少しずつ祐への想いが優しく積もっていって……もう都築への恋心はどこにも見えない。あるのは真っ白で辺り一面を覆う祐への想い。その想いは自然で、あまりに優しく傍にあって気づけなかった。
俺の腕の中で祐は堪えきれなくなったのか、涙がとめどなく溢れだし、嗚咽まで聞こえる。
「えぐっえぐ……っ。僕、も……っ。す、き――あーん……うれじぃよぅーっ」
顔を涙でぐちゃぐちゃにして、子どもみたいに泣く祐がいとおしい。
今までなにかにせき止められていた想いが俺の中からも溢れ出す。
こんなとき兄貴ならお祭りみたいに大騒ぎするんだろうなってふと思った。これは昔からの癖みたいなもので、今まで何度もここぞというときはいつも兄貴だったらどうするかを考え、真似をしてきた――。
だけどこの恋は俺がひとりで考えて答えを出したんだ。
俺には涙を拭ってやることしかできなくてもそれでいいと思えた。俺は俺であって、決して兄貴の劣化版なんかじゃない。
静かに深くきみを想う。きみが好きになってくれたのは俺だから。この真っ白な恋の上に残る足跡は俺と祐とふたりのものがあればいいのだ。
「俺を好きになってくれてありがとう」
誰の真似でもない、俺の心からの言葉だった。
-終わり-
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