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失意の夏
ある日、あたしは突き落とされた。
失意のどん底に。
よりによって、大学受験が控える、高校三年の夏に別れを切り出さなくても良くない?
浮気してたとか、留学予定だとか、もっと理由が明快なら、冬馬が悪いんだって、善悪の比率のうち悪を多めに押し付けられたかもしれない。
だけど話はそう単純じゃなくて、あたしが振られた理由はーー。
「この先、咲が笑って、僕の隣にいる未来が見えない」
このふわっとした答え。
ちょっとイラつくでしょ。
「冬馬、どうしたのいきなり。価値観の違いってこと?」
「価値観の違い……ある意味そうかもしれない。僕と咲の間には白線があって、僕はその線を踏み越えないように、慎重になり過ぎたみたいだ。だってそれを越えたら、咲は僕から逃げ出すだろ」
「え……ごめん。何言ってんのか全然分かんない。もう少し簡単に説明してくれる。あたしのどこがダメだった?」
「ダメとかじゃないんだよ。ただ、僕たちは二年も付き合ったけど、君の姿はぼやけててさ。咲は僕の部屋に遊びに来てくれるけど、君自身の部屋にはぜったい入れてくれなかったよね。カラオケで好きな曲を歌おうと言っても、ちっとも楽しそうじゃないし」
「分かった、分かったから。冬馬、冷静に話し合おう!」
このあと冷静に、かつ何度も似たような問答を繰り返して、同じ結論に至った。
あたしーー宇佐美咲と、海堂冬馬は別れることになった。
これが去年の夏、あたしが経験した苦い思い出だ。いや、苦いを通り越してショックのあまり軽く寝込んだらしく、夏休みのことをよく覚えていない。
人生初の恋人にして、人生初の失恋の痛みを叩き付けてきた冬馬。
こんな振られ方をして、納得いくわけがない。未練と疑問符だけが残って、ある意味トラウマだ。
他に好きな人ができた、と言われれば、まだ諦めがつくのに。
ただ、この経験によりあたしは半ばやけくそのように思った。
もう、男という男に心許してなるものかっ。
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