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距離ゼロの男
「あ。ウサちゃんも『児童心理と発達』受講するんや、奇遇やなぁ」
特に、こういうチャラそうな男には、気を許すとろくなことにならないのが目に見えている。
「全然、奇遇じゃないから。『児童心理』は必修科目だから」
「隣、座ってええ?」
翌年春、あたしは、大学一年生になった。
一度は失恋の痛みに伏せっていたが、あまりにしんど過ぎて、すべてを忘れたいがために勉強に邁進した。あたしの人生で、あんなに脳みそをフル回転させた日々はない。
おかげで模試で想定していたレベルより、ランクの高い大学に合格できた。
勉強で見返してやるつもりは毛頭なかったけれど、多少は元彼に一矢報いたかも、なんて優越感に浸っていたあたしは大馬鹿だ。
冬馬は、あたしなんか及びもつかない、Sランクの大学に進学していた。
「あのさ、あたしの名前は宇佐美咲だってば。ウサちゃんなんて、馴れ馴れしく呼ばないでくれる」
「ウサ、ミサキ? やっぱウサちゃんやん」
「いや。ウサミ、サキ! ていうか、このやりとり前もしたよね。勝手にここ座らないでよ。許可してないから」
チャラ男はあたしの右隣に腰を落ち着け、テキストまで広げている。
「座席決まっとるわけちゃうし、ウサちゃんの許可なんかいらんもんねー」
「じゃあ、訊くなっ」
何故かいつも、こいつのペースに呑まれてしまう。
今、あたしの右隣で講義を受けようとしているのは、寺前虎徹。
大学入学直後から、何かと距離を詰めてくる。出会ったきっかけなんか、ないに等しい。
気付けばそこにいたから。
明るい茶髪のツイストパーマ、やや浅黒い肌。ダボっとした白Tシャツをおしゃれにタックインさせて、耳にはピアスが光っている。
人を見た目で判断しちゃいけないって教わったけど、いかにも軽薄そうな空気が漂っている。今までお近付きになったことがないタイプで、できればこれからもあまりお近付きになりたくない。
のだが、どういうわけか、ここひと月ほど付きまとわれている。
「なぁなぁウサちゃん、知っとる? あの先生の後頭部に十円ハゲあるらしいで」
「講義に集中できないから静かにして……」
こういう絡み方されたくないのよ。
少女漫画じゃないんだから。
どうせ失恋後に現れるなら、もっと硬派で誠実な男性がよかった。
そう考えると、元彼はやっぱり、あたしのタイプだったんだと思う。
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