距離ゼロの男

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 あたしのイライラはピークに達していて、左隣の立花(りつか)に助けを求めた。 「ごめん。もうちょい、そっちに寄ってくれる? 右側のやつがうるさくて」  先生の話が耳に入って来ない。 「あーうん。分かった。えっと……その人が、前に言ってた関西の?」 「虎徹(こてつ)いいます。どーもー」 「はいはい。私は咲の友人の立花(りつか)です。よろしくお願いします」  あたしを間に挟んで、互いに挨拶し合う。 「普通にいい人そうだけど?」 「いい人かどうかは関係ないの」  立花には、あたしの塩対応の理由(わけ)が分からないらしい。確かに、本来ならこんなにそっけなくする必要はないのかもしれない。  だけど、どうしても無理。  過去の傷が癒えないうちに、また男の人から否定的な言葉を投げ付けられたら、今度こそ自分を見失ってしまう。  あたしは心を無にして、講義の内容を書き留めた。 「なになに。ウサちゃん、なんやワケアリ?」  虎徹が長机に肘をついて覗き込んで来るが、あたしはひたすら無視した。  はっきり言って、この男があたしに絡んで来ること自体、()せない。  もしかして、誰にでもこんな距離感で接してるのか。あたしが過剰に反応してるだけとか。  右から痛いほど視線を感じ、無意識のうちに、ぴんと姿勢を正した。 「ふぅん。なるほどなぁ。ガッチガチやな自分。そら、愛想尽かされてもしゃーないわ」  急に虎徹の態度が変わった気がして、あたしは思わず彼を見た。  頬杖をついて、薄い笑みを()いた男の顔がある。 「なんか言った?」 「いーや。アストラ・ブルーシールド並みのガードの堅さやな思て」 「アス……」  聞き捨てならない単語が耳をかすめた。  講義を続ける先生の声や、周囲の雑音が一瞬遠のいて、息を呑んで虎徹を見つめてしまう。 「え。なんや急に。俺まずいこと言うた?」 「あ、いや」  思いのほか澄んだ()と視線がかち合って、あたしは二重の意味でどぎまぎしてしまう。  あぶない。  あたしの趣味がバレるところだったじゃない。
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