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夏の光。
眩しいほど白いユニフォームに、深いモスグリーンのスコアボードに、土埃の舞うグラウンドに降り注ぐ、金色の夏の光。
野球少年にはまったく優しくない熱気にのって、向こうの学校の応援の声がこちらまで響いてくる。追い詰められていくスコアボードの数字。逆転できるかどうか、その重圧は矢来の両肩にのし掛かっている。
「矢来ーッ!! 頑張れ!! いけるぞ!! お前ならいける!!」
張り上げた俺の声が届いたみたいに、矢来が少し頷くように野球帽を深く被り直す。穏やかそうな瞳がぐっと鋭くなり、蜃気楼を睨みつける。
胸の筋肉と口元が微かに動く。息を吸い込んだのだ。
強豪校から投げられた速球。打つまでの時間がスローモーションに思えた。正確にボールをとらえるバットの指先。ぴんと張り詰めた糸のように、そこに美しい軌道が見えた。
──カンッ!
控えめな音を立ててボールは派手に飛んだ。がら空きの芝生の上へ。そのときにはもう矢来の脚が一塁ベースを蹴っていた。鳥のような彼の躍動に押し出されてホームベースに倒れ込んだ仲間がひとり。
「──やった!!」
得点を封じられた末のやっとの反撃。ガッツポーズと歓声と安堵の吐息が湧き上がる。中学最後の夏の大会。俺は心が浮くようだった。
矢来と目が合う。汗だらだらで、けれど涼しい眼差しで真っすぐに俺を射抜いてくる。
絶対に打たなければならない。
今まで味わったことのないプレッシャーとともに、俺はバットを構えた。
──集中しろよ。
ありとあらゆる音が障害だった。この一年で急成長を遂げた俺たちのチームは、これほどの大舞台に立ったことはなかった。
全国大会。全国。ここで当てれば、俺と矢来はスターになれる。甲子園。ふたりで約束したんだ。外せば夢は終わりだ。外すな、絶対に外すな。絶対に外すな。あぁもう、外野が煩い──。
「……はぁ」
俺はひとつ、深呼吸をした。それから思い浮かべた。夜のキャッチボールを。吹いてくる涼しい夜風。矢来のグローブが立てる心地いい音。鈴虫の音。それ以外、ただ静かな暗闇。俺の夢の本当の始まり。矢来の夢の、二度目の始まり。あの場所でずっとふたり、野球少年でいられますように。
片足で、強く地面を踏みしめた。睨む。蜃気楼を睨みつけて、飛び込んでくる白いボールに狙いを定める。
──今だ。
バットが振り抜かれる。時空を切り裂く刃物のように。
カキー──……ン。
かろやかな音がボールを空へと舞い上がらせた。
太陽の光に、みるみるうちに吸い込まれていく。
「──わあぁぁぁああっ!!」
生まれてはじめてってくらいの、ホームラン。
それが俺たちの運命を変えた。
みんなで優勝の喜びを分かち合ったとき、矢来は泣き笑いの顔だった。甲子園では俺がホームランを打つからな、と、俺の背中を叩いて祝ってくれたのを、今でも鮮明に憶えている。
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