君のところへ、真っすぐに。

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 ひとり、座り込んでいた。  取り壊されて、何も無くなった更地に。  ふと、ポケットから取り出して、ふっと息を吹きかけてみる。少し汚れている気がして、服の袖で拭った。  抜けるように青い空にかざしてみる。  あの日から、会えなくなってしまった。  声は、聴こえる。自分を応援してくれる声が。  試合中、ノイズをすり抜けて、夜風のように胸に響く懐かしい声。  試合を終えて整列したとき、肩を叩かれる感触とともに「お疲れさん」と。  たまに、姿が見えるときもある。  一瞬だけ、視界の端に。そのたびについ立ち止まって、振り返ってしまうのだ。  姿が見えるのは日常の何気ない一瞬ばかりで、試合中には姿が見えないから、気が散らないよう配慮してくれているのかもしれない。  ──だけど。 「……会いたいよ……」  握り締めた宝物を濡らさないように、涙をこらえながら、矢来は泣いた。言葉を交わせなくなってから、もうすぐ十年が経とうとしている。どうにもならないのはわかっているが、彼を殺して自殺したあの男を許すことなどできそうもない。  本当なら、俺よりもっと凄い選手になっていたはずなのに。 「……でも、一緒にいてくれるんだもんな」  彼が宿った宝物を、矢来は再び空にかざした。  必勝ボール。太陽と重ねると、ふたりが出逢った夏の夜みたいに白く輝いて見えた。  ──キャッチボールしようぜ、って。  ここから投げたら、君に届くかな。  今は会えないけど、必ずどこかで俺を見守ってくれている君に。  立ち上がって、構えた。  蜃気楼の向こうに、笑顔の君がいる気がして。  ちゃんとキャッチしてくれよ。  ボールを投げた。  ──君のところへ、真っすぐに。  了
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加