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ひとり、座り込んでいた。
取り壊されて、何も無くなった更地に。
ふと、ポケットから取り出して、ふっと息を吹きかけてみる。少し汚れている気がして、服の袖で拭った。
抜けるように青い空にかざしてみる。
あの日から、会えなくなってしまった。
声は、聴こえる。自分を応援してくれる声が。
試合中、ノイズをすり抜けて、夜風のように胸に響く懐かしい声。
試合を終えて整列したとき、肩を叩かれる感触とともに「お疲れさん」と。
たまに、姿が見えるときもある。
一瞬だけ、視界の端に。そのたびについ立ち止まって、振り返ってしまうのだ。
姿が見えるのは日常の何気ない一瞬ばかりで、試合中には姿が見えないから、気が散らないよう配慮してくれているのかもしれない。
──だけど。
「……会いたいよ……」
握り締めた宝物を濡らさないように、涙をこらえながら、矢来は泣いた。言葉を交わせなくなってから、もうすぐ十年が経とうとしている。どうにもならないのはわかっているが、彼を殺して自殺したあの男を許すことなどできそうもない。
本当なら、俺よりもっと凄い選手になっていたはずなのに。
「……でも、一緒にいてくれるんだもんな」
彼が宿った宝物を、矢来は再び空にかざした。
必勝ボール。太陽と重ねると、ふたりが出逢った夏の夜みたいに白く輝いて見えた。
──キャッチボールしようぜ、って。
ここから投げたら、君に届くかな。
今は会えないけど、必ずどこかで俺を見守ってくれている君に。
立ち上がって、構えた。
蜃気楼の向こうに、笑顔の君がいる気がして。
ちゃんとキャッチしてくれよ。
ボールを投げた。
──君のところへ、真っすぐに。
了
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