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第十九回 警部は語る・その十
「言っておきますが、トリックなんて使っていませんよ? ほら、小説とかドラマとかであるじゃないですか。かかってきた電話を別の場所に転送させるとか、逆にかける側が、実は違う場所からかけていたとか……」
自分で自分の冗談に笑う人のような、そんな笑顔を浮かべながら、
「でも、私には出来ませんから。だって、うちの電話機、いまだに普通の、昔ながらの黒電話ですもの。そういう最先端の機能は、とてもとても……」
案に「家計が苦しい」とほのめかしているのか。あるいは「ねだっても主人が買ってくれない」という含みがあるのか。
勝手な想像をしてしまい、私は苦笑した。まあ理恵から見れば、私は「理恵の冗談がウケて笑った」と思われるだろう。
「では、二十二日に関しては、夕方五時半頃から七時半頃までだけが、空白なわけですね」
「あら、そうですわね。それじゃアリバイって成り立たないのかしら」
今気づいた、という口調の理恵。
そう、ここから山田原豪次のアパートまでは、往復二時間の距離だ。行って、殺して、帰ってくるのも、ギリギリ二時間で可能かもしれない。
とはいえ、手の大きさから判断して、私の頭の中では、とっくに理恵のことは容疑者から除外していた。しかし「犯人は男性と思われる」という情報は、今回、伏せることになっている。
理恵の残念そうな顔を見て、
「まあ、そう落胆しないでください。別に、アリバイがないからといって、それだけで疑ったりしませんよ。さて、次に、二十三日の五時半以降について……」
「あら、落胆なんてしてませんよ」
言いながら笑顔を見せたのは、口だけではない――強がりではない――と主張したかったのか。
「金曜日なら、木曜日とは違って、立派なアリバイがございます。六時から八時頃まで、町内会がありましたから。しかも私は、遅刻は嫌いなので、ちゃんと六時前には向こうに着いていました」
町内会の会合には、団地からも一棟から一人以上は参加する決まりになっており、ここの代表が理恵なのだという。
「町内会から戻った後は、また八時半か九時くらいの時間に、香也子から電話かかってきて……。主人の帰宅まで、ずっとしゃべってました。この日は主人が帰ったのは、確か十時半頃だったかしら」
ならば、この日の空白期間は、それぞれ一時間足らず。山田原安壱の屋敷も、その時間で往復できる範囲内にはなかった。時間的に犯行は不可能ということになる。
「なるほど、では理恵さんの話は十分として。あとは正さんですな……」
ちょうどその時。
ガチャリとドアを開ける音が聞こえてきた。
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