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こんな体験は初めてだ。
私はその、何といいますか、「痴漢捕り物の目撃証言者」として、鉄道警察とやらの事務所みたいなところに連れてこられている。今は、目の前にいる警察官のおじさんに詳細を語っている次第だ。
少し離れたところで私服の警察官に囲まれて、おかっぱのサラサラヘアの女の子と、渋面を作った若いサラリーマンが座っている。女の子はブレザータイプの制服を着ていたけれど、一体どこの高校の制服なのか、見たことないヤツだ。
「ええと……、ですから私は痴漢をされているところを直接見たわけでは無くて、そこの子に助けを求められただけで……」
「ほう。痴漢行為を実際見たわけでは、無い……」
ベテランぽい警察官は眉間にしわを寄せて首を傾げた。
私は僅かに口を尖らせて、頷く。あの満員電車だ。自分の足元ですら見えないのに、向かいの人の後ろで起こったことなんて目撃しようが無い。女の子の立っていたところは車両の連結のすぐ近く。その後ろにいる二人の男性の後ろは、隣の車両とを隔てるドアだから私どころか誰も痴漢行為を目撃なんて出来ようがない。
私の声が聞こえたのか、渋面を作って座っていたサラリーマンが大きなため息をついた。
「ほら、実際見たわけじゃないんでしょう? 俺がこの子を触った証拠なんてあるんですか? 満員電車で揉まれている時に、たまたま運悪く俺の手がこの子に触れたとして、ですよ? それはたまたまであって、痴漢とかとんでもない言いがかりですよ!」
大袈裟な手振りをして、スポーツバッグを抱えて俯く女の子を詰るようにチラリと見やった。
「俺もたまたま誤解されるような位置に居たのかもしれませんけど、あの混雑の中、どこに触ったかもわからない状況で……。それもあんな周囲に派手に触れ回るようなことされちゃ、たまったもんじゃありませんよ」
サラリーマンは、痴漢なんて冤罪で、とんだ誤解だとでも言いたげな口ぶりだ。一方で女の子は俯いたまま黙り込んでいる。その前にいた女性の鉄道警察隊員が、女の子の目線までしゃがみこんだ。
「この人に触られたのね?」
女の子はコックリと頷いた。
「今日は身元を確認して書類に残します。先程採取させていただいた掌の付着物の鑑定結果が出たら、追って連絡いたします」
女性隊員はサラリーマンに視線を向けてキッパリと言った。サラリーマンはムッとした顔をして女性隊員を見返した。
「そちらのお嬢さん、ご協力ありがとうございました」
次に、女性隊員は私の方を向いた。思わずビクッとして姿勢を正し、ペコっと頭を下げる。
これで、どうやらお役御免のようだ。駅員さんが私のスマホで高校へ「遅刻します」の連絡を入れてくれたが、鉄道警察隊の人も何か書面を渡してくれた。うちの学校は何かとお堅いからそういうのは助かる。
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