① messenger/リンキンパーク

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 俺は顔に出さないように驚いた。何故、いるのか。  さらに驚いたのは、無言で驚嘆する俺の顔を村木は、怒りを俺には出さず、焦点の定まってないような目で、不思議そうに俺の顔を見つめていた。  村木の顔には1ヶ月前にはなかった絆創膏が貼られ、傷痕があった。  (…怪我?)  俺がそう思っていると、自動ドアが開いた。  「…あー、こりゃ、どうも」  村木は伏し目がちで静かにお礼を述べつつ、会釈して、フロア内に入っていく。  (…村木の腰抜けじじいだよな?)  俺は今、目の合った老人が、あの村木であるか、分からなくなった。  今の村木(と認識できるおじいちゃん)は、マスクをしていないから、はっきりと顔が分かる。  どう見ても村木だった。  だが今の村木は、まるで俺に反応しなかった。俺がマスクをしていたからか。  以前は廊下でスレ違おうものなら、顔を背け、露骨に身体を反転させてどこかに行ったりしたのに。  (…気付いてない?)  だが、数秒だが、確実に顔を合わせた。これで俺の事を判別できないわけはない。  俺は村木を見ている。  約1ヶ月前、この病院の外来フロアで大村や立原と話し込んでいた、あの村木だ。  俺の見間違いではないだろう。  しかし、村木の顔には絆創膏やガーゼが巻かれている。フロアに入っていく村木の左手首には、帯が巻かれていた。それでも荷物を持っているので、大した負傷では無さそうだ。  (…何の怪我?)と思った瞬間にナースステーションからナースが出てきた。  「村木さん、また勝手に下、行ったの?」  やはり村木だ。  出る時は、誰かが自動ドアを開けたタイミングで、こっそり出たのだろう。  「ダメよ、出るときはナースステーションに声かけて、って言ってあるでしょ?」  担当らしきナースが小さな子どもを叱るように村木に言っ た。  その途端、「そんなもん、仕方ねーじゃねえか! 勝手に閉じ込めて、閉め出しやがって!」  「だから、違いますよ、村木さん。前に言いましたよね…」  「何だ?」  「…まず、マスクしないとダメですよ!」  「何こいてやがる…」  「決まりですからね!」  「誰が決めたんだ! ワシは知らん!」  村木は両手にお菓子やらジュースを抱えて、そのナースにブツブツと文句を並べた。まるで子供みたいだ。  そして、その話し方、グズり方、態度。やはりこの老人は村木に間違いない。ナースもそう呼んでいた。村木に良く似た双子がいない限り、本人に違いない。 村木は文句を並べつつ、ナースに促され、フロアの奥へ歩いていく。身体に異常はないようだが、怪我を負っているのは確からしい。後ろから見ると、右足を引きずっている。  村木は俺を見ても何の反応しなかった。  驚く俺を不思議そうに見つめていた。まるで初めて見るような顔をしていた。目の焦点も合っていないようだった。  しかし、確かに村木だった。  あの顔、ナースへの応対。声、印象…。  間違いなく村木だ。  俺をこの病院の厨房から“排除”し、さらに去年、“ツンツン”らに襲われて入院した村木の腰抜けじいさんだ。  
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