① messenger/リンキンパーク

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 次の日、俺は次郎の暖簾をくぐった。  日本酒とハマチの刺身を頼んだ。  だが、長髪の大将から「ハマチは仕入れ、止めたぞ」と言われた。  メニュー表を見ると、ハマチが消えていたいた。  マスクをした大将は、「すまんね、スーさん。メニュー、少し“絞って”さ。…ま、仕方ないよなあ」と言った。  6月に入り、新型コロナの第4波は収まる傾向が見えだして、毎日の新規陽性者は減少しつつある。  だが、居酒屋などの飲食店が受けたダメージはそんなすぐには回復できないようだ。原価の高い料理、あまり出ない料理はメニューから削るのは当然の対応だ。  アクリル板越しに大将がまだ苦笑いしている。  俺も苦笑で返した。仕方ない事だ。  ハマチの刺身をもつ煮とうなぎもんじゃコロッケに変えて、俺はここまでの事を振り返ってみた。  まず、村木のあの状態…。  明らかにおかしかった。まるで他人を見るような目で俺を見た。  ナースの対応からして、あれは村木本人である事は確かだ。  実は今日、俺はゴミ回収の途中で5階北フロアを見て回った。すると、『村木友朗』の名札のかかった病室を見つけた。  俺は村木の下の名前など知らなかったが、これで確定だろう。あの男は“腰抜け爺さん”の村木だ。  だが、それなら何故、俺の顔を見て何のリアクションも起こさないのか。本当にマスクで分からなかったのか。そこまで耄碌(もうろく)したのか。  (…認知症?)  ふと、そんな考えが浮かんだ。  あり得なくはない。  あの時の俺を見た不思議そうな顔。まるで初対面のそれだ。記憶から俺が消えている。  そうしたら、あの傷跡は何か。  大怪我とまでは言わないが、明らかに負傷していた。  村木は去年(2021年)の秋、ツンツン頭(真里谷)らに襲われて入院した。その時の傷とは違う。最近出来たようだった。  また襲われたのか。  (…ん?)  ここまで考えて、少しおかしく思えてきた。  何故、村木は2回も襲われるのか。  理由が無い。  そして、その村木の友人である狩野、原さんのあのおかしな態度。俺を異常に恐れてなかったか。  (何故だ?)  考えられるのは、村木のあの負傷だ。  村木が怪我をしておかしくなった。それを見て、あの二人は戦慄し、何故か俺に怯えている。  (どうして?)  そもそも、村木は去年、襲われたのか?  (そう言えば…)  去年の年末近く、駅のパーキングで真里谷らと喧嘩した時(主力は慶太郎と会だったが…)、ツンツン頭の真里谷は村木の襲撃を否定していた事を思い出した。  「あー、あの嘘ばっかり付く、クセぇジジイっすか?」  「…もう知らないっすよ。もう会ってもねーし」  村木に対して随分と素っ気ない態度だった。  あの喧嘩で、俺は慶太郎、会、小塚、新馬からの信頼を失った。  なのであまり思い出したくなかったが、よく考えてみたら、おかしい。  (アイツらは去年、村木を襲っていない?)  そして、今回の村木のダメージは本当だ。  しかし、去年(一度目)の“襲撃話”は、鶴田から聞いただけだ。  鶴田のBBAは、帰宅する俺を捕まえ、わざわざ村木の負傷を伝えてきた。  あれは本当の事だったのか。  俺は鵜のみにしたが、今からするとかなり怪しくないか。  そして、鶴田の話が嘘なら何故そんな話を俺にしたのだろうか。  村木と鶴田の仲はそれほど良くはない。いがみ合っている、と言っても良い。村木が鶴田に懇願したのか。  そして、先日見た村木と鶴田。二人の間に何かあったに違いない。  何が、あったのか。  何故、鶴田は嘘を付いたのか。  俺は、村木が白井や稗村と知り合い、そこから真里谷らとも繋がり、浜松で“仕事”をしたかった真里谷らに病院の患者データを餌にして、俺への襲撃を依頼した、と予想した。  そして、仲間(飯尾)などを俺の職場(BPN)に送り込んで来たが、上手く得られなかった。  真里谷は手下の山内(オレンジ)や森を使い、俺のスマホを狙ったが、それも“空振り”に終わった。  怒った真里谷は、俺の代わりに俺の親父を浜名湖に落とし、さらには嘘を付いた村木に“報復”をした、と思った。それが去年の村木入院の真相、のはずだ。  ちなみにこの裏には、俺を恨む野田と、同じく俺を恨む連中が“連合”を組んでいたが、それは新馬という若者の力で崩壊させた。  しかし、だ。  『村木は、去年、報復などされていない』と考えてみる。  よく考え直したら、真里谷らは、森などは別として、好戦的な奴等ではなかった。確かにパーキングで喧嘩したが、特に好んで争っていた印象がしない。  仕事が上手くいかなかったからと言って、老人1人を襲うだろうか。  だが、俺の親父を湖に落としている。  どうなのか。まずはここをはっきりさせたい。    方法はある。簡単だ。
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