① messenger/リンキンパーク

18/21
前へ
/130ページ
次へ
  …鶴田のこの話自体が、虚言だったのだ。  鶴田は言う。  「…村木さんがね、突然『あの鈴木に、ワシが襲われたって、言ってほしい』と言ってきたのよ?」  「な、何で?」  「知らないわよ。私もそんな嘘付きたくなかったけど、村木さん去年の10月頃から仕事の度に毎回頼んでくるのよ。しつこくて」  「だ、だから、何で?」  「だから、知らないわよ! …とにかくしつこいんだから、頭に来たのよ、本当」  鶴田は思い出して苛ついた。  村木は細かい部分まで、まるで演出家のように指示してきたようだ。芸が細かいというか、繊細な爺さんだ。  それで鶴田は仕方なく、俺を待ち伏せし、その嘘をついた。「村木が帰宅時に半グレに襲われた」という嘘だ。  よくもそんな嘘に付き合ったものだが、鵜のみにした俺も俺だ。    言い訳をさせてもらえば、この直前に狩野から親父の借金請求され、直後には、親父が森の手で浜名湖に落とされた。  鶴田のいう「半グレ」が真里谷らで、“仕事の為のデータ回収”に失敗した彼らが協力者の村木を逆恨みして襲った、としても不思議ではなかったからだ。    だが、村木は襲われてはいなく、普通に病院の洗浄室で働いていて、俺の目に映らないようにしていただけだった。  だが、「それから村木さんの態度がおかしくなってきたのよ」と鶴田が言った。  「なんかね、ワガママというか、バカな事ばかり言い出してね…」  「ど、どんな?」  「洗ったお皿とかを『ワシは疲れたから、仕舞いたくない』とか言って私らに丸投げしたりね。こっちが働いてんのに急に『ワシは腰が痛いから…』とか言って勝手に休んだり…」  あの腰抜け爺さんが言いそうな事だ。世の中で言われている「働かないおじさん」だ。  「でね、最近、“コロナ”でしょ?」  「…」  俺は頷いた。そして鶴田のリュックから手を離してやった。  「それで、村木さん、皆がワクチン注射するのに、『ワシは絶対に打たん!』って言い出して…」  それは難しい問題だ。  ワクチン注射は強制ではない。基本的には個人の自由。  しかし、この感染症の蔓延を防ぐには、今のところワクチン注射しかない。ユニックスは病院の夜間の洗浄作業がメインだが、『医療関係者』には違いない。  ワクチンを打った方が良いはずだ。  だが、村木は「絶対に打たない!」と拒否した。  あの腰抜け爺さんなら考えられる話だ。  ワクチン注射で死ぬとでも思い込んでいるのだろう。悲しい爺さんだ。  さらに村木のワガママは激しくなった、という  我慢できなくなった鶴田ら他のユニックスメンバーが、村木に怒ると、村木は“いつもの手”に出た。  また出勤シフトを操作して、気に入らない派遣バイトの出勤日数を減らしたのだ。俺と揉めた時と一緒だ。  今のユニックスのバイトリーダーは、この鶴田である。  村木は、俺の時と同様、鶴田に“濡れ衣”を着せて、リーダーの座から引き釣り落とそうとした。  で、また担当営業の大村は“事なかれ”の立場で村木を庇ったようだ。  そして、鶴田らはユニックス本社へ“村木の態度と横暴さ”を陳情した。  そうすると本社は、鶴田らの声を聞いて、村木に“形ばかり”の注意をした。  俺の時と全く一緒だ。  だが、今回はその後が少し違った。  俺の時に続いて、2回目の“内紛”でもあり、本社も村木を見る目が変わったようだ。『問題のある派遣バイト』だと思われたらしい。  「…しかもさぁ?」と鶴田は声を潜めた。  「?」  「村木さんって、“おしっこ臭い”のよ、ここ一年くらい…」  そう言えば、真里谷もそんな話をしていた。村木は“下の始末”がもう出来なくなったのかもしれない。  「私ね、お父さんが身体壊しているから、あーいう匂いに敏感なのよ…」  で、そこで、本社から“クレーム処理係”の立原が来た。  先月(4月)末に俺が見たロビーでの大村と村木、2階の待合所で見た立原と村木の話し合いは、こんな理由だったのだようだ。  鶴田は立原に村木の“パワハラ”と“おしっこ臭”を訴えた。  その立原は遂に村木を“切った”ようだ。  そのパワハラとおしっこの件で村木を詰めたらしい。  結局、村木は退職した。  最後まで「ワシは悪くない!」「ションベンなんて漏らしていない!」と言い張り、ユニックスの本社、社長にまで連絡をしようとしたが、無駄だった。  俺の時と同じく、解雇通告状を出されて終わりだったようだ。  最後はまた鶴田らに“ゴマスリ”してきたようだが、全く相手にされなかった。  まさに、俺が思っていたように『他人を排除するものは、やがて自分自身を排除してしまう』である。  ワガママで威張り散らした村木の最後は寂しいものだったようだ。  こうして村木はユニックスとこの病院を去った…はずだった。  俺は改めて、現在、村木がここに入院していて認知症っぽい症状である事を鶴田に告げた。  「に、認知症!?」  彼女は村木の入院は知っていたが、認知症の症状は知らなかった。  そして、怪我の事も知らなかった。  逆に、「何で?」と俺は尋ねられたが、もちろん分からない。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加