② Don’t Stop Believin/ジャーニー

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② Don’t Stop Believin/ジャーニー

 「いやー、鈴木さん、お久しぶりでしたね~」  六兵衛で再会した会のテンションは、妙に高かった。マスクを外しながら、もうビールジョッキを頼んでいた。  病院で村木を見かけ、狩野と原さんの態度を考察すべく次郎で飲んでから、数週間ぶりに浜松の街中に出て来た。  最近はコロナの影響もあり、去年の年末からあまり街中に来ていなかった。六兵衛は久々に来た。  また、今年の年明けに“悪夢”を見てしまい、出てみたら、幼なじみの慶太郎が悩んでいたり、“青い髪のバカYou-driver”に捕まり、“迎合”する羽目になった事もあり、あまり街中に飲み歩きしてなかった。  ここ数ヶ月は、主に自宅近所のファミレス、ダストでウダウダと安酒を飲んでいた。  「鈴木さん、調子、どうっすか?」  会は巨体を揺らし、ビールジョッキとトンテキを旨そうに流し込んでいる。  俺もマスクを外した。  「ど、どうって?」  病院は6月後半になり少し落ち着いてきたが、まだ“コロナ対応”というやつで大変だ。去年、医療関係者に「一時支援金」などが配られたが、あの金を“コロナ予防”に使った方が良かったはずだ。  会のいう「調子」とは『仕事はあるのか?』という意味だが。  「き、厳しいね。お、俺は病院勤務、む、だから、仕事、と、はああるけどさ。…、そ、そっちは、は?」  「僕らなんか、もっとキツいっすよ。仕事自体が無いんすから。みんな静岡の方まで行ったりしてますよ。浜松近郊の日雇いは大変なところばっかりで、ロクなところ、無いっすから…」  『僕らなんか』とは会のような日雇いで稼いでいる連中の事だ。  この会は、武井といった役所に勤める同級生の口利きで、俺もしていた臨時職員をしていたようだが、今は日雇い派遣などで働いている。  数年前に、その武井というバカと知り合った時に、この交いとも知り合いになり、たまに飲むようになった。同じく日雇いをしていたことや、共通の友人がいたりして、仲良くなった。  で、去年末、“乱闘”に巻き込んでしまったのだが。  テンションの高さとは逆に会の口調は厳しかった。彼のように良い歳して“その日”暮らしのオジサンには“仕事の欠乏”は不安しか生まないのだ。  むろん俺もそうだ。  まだ病院で働いているから何とか仕事はある。仕事があるから収入もある。だが、もしあの病院の仕事が無くなると…。  笑えない話だ。会の現状は、俺の未来かもしれない。今はたまたまBPNという病院派遣の仕事にありつけているが、不安定さは会と変わらない。  そこでふっと、小塚を思い出した。  曳馬の倉庫のピッキングのバイトで一緒に働き、その後仲良くなり、焼き鳥屋などで話すようになった“元”引きこもりの青年。  彼は、去年「倉庫の仕事を辞める」と言っていたが、どうしたのか。彼も会と同じく“パーキング乱闘”に巻き込んでしまい、断絶してしまい、去年末から連絡していない。  小塚は、あの性格で転職できたのか。従姉妹の高松がいない職場でやっていけているのだろうか。  去年、彼には、俺の“関係者”らが連合した“反鈴木”連合の調査などで世話になっている。謝りたい気持ちがある。  「でもね、鈴木さん。俺、東京行くんすよー」  急に会の声が弾んだ。  「と、東京?」  「ほら、オリンピックとパラリンピックがあるじゃないっすか?」  「あ、あー、あるね」  「あのボランティアに応募したんすわー」  「え、え!?」  会は嬉々として俺に笑顔を見せた。丸っこい顔と大きな身体が大きく揺れた。  延期された東京五輪の開催が決まると、以前からも募集していた大会運営アシスタントの応募が本格化した。  5月末頃から募集がはじまり、無観客開催が決まっても、ボランティアは募集され、そろそろ定員に達するらしい。  会が応募したのは、当然“有償ボランティア”だった。その時給は2500円だという。  「マジ、か、か!」  俺は驚愕した。仮に1日の勤務時間が1日8時間としたら、時給2500円×8時間で1日2万円程になる。それが7月23日から8月8日までの17日間。単純計算で34万円になる。パラリンピックも入れると、倍程になる。  「しかも、1日1000円分の交通費くれるんすよ ー(笑)」  会の顔がさらにほころぶ。  そんなに上手くいくのか。だがその報酬の半分でも俺たち日雇いおじさんには嬉しい金額だ。  「かなり良いでしょ? 実は先週、東京に研修と説明受けに行ってきたんすけどー…」  会がいうには、無観客開催ながら大会ボランティアの手間はそれほど変わらず、仕事はかなり豊富そうらしい。  「もう全国から、いろんな連中が来てましたよ。ユニホームも配られたし。…無償のボランティアの方もいるみたいっすけど。こんな美味しい話、そうそうないすよ。観客いないなら、楽そうだし♪」  「す、スゲー、な…」  「そのまま東京に残って、パラリンピックの方のボランティアも行こうかなって。これも、かなり稼げそうですよー(笑)」  「…」  まるで俺を誘っているかのようだった。  しかし、俺にやる気はない。  病院の仕事をいきなり半月も休めないし、東京まで行くのも億劫だ。五輪はテレビで眺めよう。  会の頭は既に東京五輪に向かっているらしい。表情が期待とテンションの高さを示している。  得られる賃金と「東京」という響きに相当舞い上がっているみたいだ。楽しみなのだろう。物凄く楽しそうだ。
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