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俺が、あの病院で働いて、通算(ユニックス+BPN)で5年。オヤジと顔を合わせるようになり、2年ほどが経った。
あのオヤジは、内心では俺に対してキレているかもしれないが、俺は別に構わない。
あーいうバカはどこにでもいる。
自分が偉いと勘違いして横柄な態度を取ったり、上から見てくる奴だ。
最近は絡んでこないだけ、あの村木の“腰抜け爺さん”よりマシだ。
「老害だな…」と言いたいが、そう言うと、言った奴が頭が悪いらしいので言わないし、思わない。
それに43になる俺もすでに『老害』だ。
「で、ねね、そそ、のオヤジのじ、情報をを、聞いたんん、だだ」
「どんな?」
カズちゃんは本当に聞きたそうだ。何に興味を引かれたのか。
「そのの、お、オヤジ。も、元板前、ら、らしいんだ。」
「板前? …料理人?」
カズちゃんが身を乗り出したが、俺達の間には透明なアクリル板があり、そこにおでこをぶつけていた。
「なんで板前さんが、病院の売店に?」
「さ、さあ。は、話したこと、と、ねえからら」
「調理場とかじゃないの?」
「…ま、な、何となくは、ば、売店で、は働く理由はは、わ、分かるな。…お、俺とと、お、同じ、か、かな?」
「?」
日雇いなんかをしていると、たまにそうした経歴の人間が働いている事がある。
元居酒屋の店主。
元技術者。
元経営者。
そんな奴がたまにいる。以前は自分の“居場所”を持ち、それなりに技術や資格を持っている人間である。そんな奴が(何で、こんな日雇い派遣なんてしてんだ?)と思うのだが、話してみると分かる。
ほとんどが性格に問題がある。
今までは、自分の“テリトリー”で働き、手にした技術で稼げていたから、他人との関わり方が下手なのだ。
今まで『自分が一番』という環境から、それがなくなったり、稼げなくなると、途端に“詰まる”のだ。
それまで「自分が一番」で「俺の力で稼げている」と思っているから、プライドが高く、周囲に馴染めない。人間関係が築けないのだ。
また同じ仕事をしたくても、させてもらえる人間的な繋がりも無かったりもする。
で、“食い詰めて”、たどり着いたのが、病院などとなる。
病院ならば、常に人手が足りない部署が多い。(特に今は…)
プライドが高かろが、人間関係が苦手だろうが、仕事はある。あのオヤジからしたら、常に自分が求められる現場だ。ここにしか居られないのだ。
それは、俺と同じだ。
俺も仕事が見つからず困っていた時に、この病院の調理場に『食器洗浄』(ユニックス)の派遣契約で入った。俺みたいなどうしようもないバカでも、人不足な病院なら重宝される。
今は仕事が『院内清掃』(BPN)に変わったが。
それで、オヤジは昔の習性から、俺達のような“清掃員”を“下働き”としか認識できず、あんな態度しか取れないのだ。
俺にはそれが分かる。
哀しい人間だ。
だが、まだマシだ。
それで他人を排除したり、立場を使って“パワハラ”してくるような、あの腰抜けジジイのような事をしないだけマシかもしれない。
さらに言えば、他人を比べて態度を変えるのは、俺も同じだ。
その無愛想なオヤジとは、互いに無視し、舌打ちし合うくらいなら十分だ、と俺は思っている。無理に揉めたりする理由も無い、と思えた。
そう言うと、カズちゃんも頷いた。
そんな事をドリンクバーのコーヒーを飲みながらカズちゃんに話した。
「そ、そしたらささ、最近、そのおじさんが、お、おかしくなったんだだ、よ」
「どうしたの?」
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