① messenger/リンキンパーク

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 奇妙な事は続いた。  次の日の終業間際、俺は二階に向かった。  病理検査室倉庫のゴミを回収するためだ。普通は昼間に回収して、その日は終わりだが、ここ最近の“コロナ対応”で回収の追加を指示されたのだ。  俺が従事員用のエレベーターから台車を出し、検査室に向かおうとすると、お見舞い客用エレベーター前の『待合所』で、また見覚えのある顔を見つけた。  40代後半の男性。スーツを着て誰かと話をしている。  待合所は外来患者の付き添いや手術中の患者家族の為のスペースだが、病院関係者の懇談などにも使われて、食事をする者もいる。開放されているのだ。『待合所』となっているが、喫茶店のテラス席のような雰囲気がある。  (…た、立原、だったかな?)  その男性はユニックスのカスタマーサポート(クレーム処理)係の立原だった。  村木と揉めた際、俺はユニックス名古屋本社に乗り込んで、村木の横暴と大村の担当者不適合を訴えた。  その時対応したのが、この立原という男性だった。  もちろんそれ以来顔を見たことがなかったので、忘れ去っていた。  その立原は俺などには目もくれず、向かいに座る老人らしき男に話しかけている。  その老人は蛍光色の帽子を被っている…。  また村木だ。  昨日に続き、また何かを話し合っている。  「話し合って」というのは、昨日の大村へ対しては「知るか!」とばかりにそっぽを向いていた態度の村木だったが、この立原に対しては顔を向け、必死に言葉を交わしていた。  後ろから見ると、蛍光色の帽子の横の耳が赤い。非常に憤りながら、何かを立原に訴えている。  待合所と検査室は逆方向なので、俺は昨日のように接近し盗み聞きは出来ない。  (…やはり、あのジジイ、また揉めたな?)  俺は確信を持った。  この病院の厨房を任されている日昭の下請け派遣であるユニックスの現場で何かあったのだ。原因はあの村木だろう。  で、ユニックスは営業担当の大村に事態の収束を促したが、大村の事など舐め腐っている村木は言うことを聞かず、結局、本社の立原が出てきたのだ。  村木は、大村には横柄な態度を取れるが、本社の人間ならば出来ない。今、必死で釈明と言い訳をしていたのだろう。  (へっ(笑)、腰抜けのバカが…)  検査室のゴミを台車に放り込みながら、俺はそう予想した。  そして、検査室からエレベーター前に戻ると、村木がいなくなり、代わりに中年女性二人が立原の前に座っていた。  また、その1人に見覚えがあった。  鶴田だ。  ユニックスの同僚の女性、鶴田だった。  この鶴田の家族は、とあるカウンセラーによりバラバラにされた。  それを偶然知った俺は、それを修復させた(…と思う)。  鶴田の元の苗字は宮本で、息子は浜松の南区の精密工場で働いていて、その嫁はスーパーで働き、旦那は認知症で介護が必要だった。  そこを“スピリチュアル・カウンター”に突かれ、一家はバラバラになっていた。  その修復の“手伝い”をして、そのカウンセラーを“潰して”やった。(最近は占い師になったようだが…)  そんな鶴田は実のところ、あまり性格が良くはない。同じく気性の悪い村木とウマは合わないはずだ。  先ほどは村木。今は鶴田。  おそらく、この二人の間で何かトラブルが起こったのだろう。  で、大村には収めきれず、立原が呼ばれたのだろう。  もう大体、“見えて”しまった。  (…コイツら、相変わらずだなー)と俺はエレベーターに台車ごと入りながら笑った。  俺を“排除”した村木は、『邪魔者は消えた』と喜んだだろう。俺に代わる新しいリーダーはあの鶴田のはずだ。他の派遣バイトのシフトを操作して言うことを聞かせていた村木は、シフト作成の権利を持つリーダー鶴田を“手懐け”ないといけなかった。  しかし、あの村木の態度と鶴田の気性だ。上手く合うはずがない。  俺が辞めて数年は持ちこたえていたが、遂に“破綻”したのだろう。  どちらかが本社に訴えたのだろう。  そう見て、間違いない。  またユニックスの内紛だ。  村木の胸中は、俺と争っていた時のように煮えくり返っているだろう。あの腰抜け爺さんは己の思ったように物事がいかないと、子供のようにグズる人間だ。大村に、そして、立原に自身を正当化させ、相手の非を糾弾していたのだろう。  『ワシは悪くない!』  『アイツを辞めさせなければ、ワシが辞める!』  そんな風に吠える村木をエレベーターの中で予想して、笑ってしまった。いつもの手だ。  遅かれ早かれ、こうなるのは分かっていた。  俺が辞めてもう三年弱。よく持ちこたえた方だ。あんなクソジジイのワガママに耐えられる人間はそういない。  俺がいなくなった直後は、村木も我慢したのかもしれない。だが数年ですぐにボロが出た。人間の“元値”は簡単には変わらない。  “あの腰抜け”はそう言う人間なのだ。  俺が退職して、隣のBPNに“移籍”して数ヶ月後、蛍光の帽子を被った村木が俺の付近に散見された。  俺から声をかけてもらいたかったようだ。  俺は無視した。  さらに村木の友人である原さんがBPNに入社してきた。(原さんは隠しているが…)  原さんに、俺の仕事の代わりをさせ、俺をユニックスに戻らせるか、病院からも“排除”させる為だった。  それもダメだったが。  村木が大怪我をして入院したのは、俺への“攻撃”(というか、親父への攻撃だったが…)を、個人情報の奪取を“餌”に、あのツンツンらに頼んだのが原因だ。  奪取に失敗した報復で、村木は病院送りにされたのだ。  …哀れな老害。  そこまで俺が憎いのか。  で、思い出した。  去年、俺に『村木負傷』を伝えてきたのは、今の鶴田だ。  それを今から考えてみると、少しおかしい。  あの鶴田が、村木の重体(?)を俺に伝えてくるのは、少しおかしくないか。本社に訴えるほどいがみ合っているのに。  去年までは、二人の関係は比較的良好だったのだろうか。  …何だか、去年の鶴田からの話が怪しく思えてきた。
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