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笊の刺
日勤で事務仕事もなく、さあ帰ろうかと言うときに根岸で変死の一報を受けて署を出ました。女と酒を飲む約束をしていましたが断りの電話を入れました。「ぼちぼち所帯を持ったらどうなんだ」と上司のお節介は「あんたのせいだ」と返してやりたい。
大きくはないが日本庭園で手入れも行き届いています。家の造りも立派で入側縁です。濡縁にはガラス戸で西側半分に雨戸がしてあります。内側は書院障子で開け拡げられていました。
被害者の書斎でしょうか、机の上には方眼紙と万年筆、本棚には辞書や専門書がずらっと並んでいます。
被害者は介護ベッドの背もたれに寄り掛かった状態です。ベッドは病院で使う介護ベッドです。背もたれは80度ぐらい、膕(ひかがみ)の部分は盛り上がり被害者の楽な体勢であることが想定できる。テーブルはやはり介護用で片足に重心がありベッドの上に差し込めるタイプ。その上に右手の側面を載せた格好で箸は握っていました。
「死後どれくらいですか?」
「恐らく五日目」
「とすると八月の九日に亡くなっている」
真夏の五日間死人を放置しておくとどうなるのか勉強になりました。
「腐敗が始まっているからね、パジャマの股座を覗き込んでみな、染みているだろう、腐敗汁だよ」
鑑識の指摘に覗き込むと更に腐敗臭が鼻を突きました。テーブルの総菜には蛆が湧いていました。銀蝿がその器を狙っていました。私は扇子で追い払いました。
「さっきは凄かった。皿の柄が見えないほどたかっていたよ。ああそうだ、追い払うから縁側のガラス戸は開けたよ。来た時は内回し錠が掛かっていた」
私はしつこい銀蝿を追い掛けて外に追いやりました。
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