今度は何処かへ連れて行って!

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 大学卒業間、手持ち無沙汰の日々を過ごしていた。  卒業旅行へ行かないかと聞けば予約してあると返事がきた。 「どこ行くの?」 「イタリア。向こうで住むから、住む場所を決めるのも兼ねて」  彼女の言葉に驚く。外資系企業に内定したのは知っていたが、初任地から海外へ行くとは思ってもみなかった。 「里花(りか)はどうするの? 卒業旅行」 「どうしようかな?」  彼女と卒業旅行へ行くつもりだったから、予定がすっ飛んでしまった。確認しなかった落ち度ではあるが、彼女について行っても邪魔になる。  邪魔だとは言わないだろうが、私が彼女の邪魔をすることが許せなかったし、イタリアまで行くためのお金も持ち合わせていない。 「そうだな。卒業旅行なしで、もう、地元に戻るかな?」 「就職、地元なんだっけ?」 「そう。だから……」 「なおのこと行った方がいいよ! 今なら自由! 里花は海外に行ったことないんでしょ? 近場でもいいから行っておいで! 日本とは違う場所に身を置いておくのは、この先、絶対ためになるよ!」  力説を聞けば、行った方がいいような気がしてきた。 「日本人が行きやすいのはハワイ、グアム、韓国、台湾? 馴染みのない人がいくなら、日本語が使えないところは大変だから。私のおすすめは、台湾かな? 気候も沖縄くらいだし人も優しいよ! 里花が好きな占いもあるし! 運命の出会いもあるかもしれないね!」  彼女がお薦めをしてくれる台湾。  スマホで調べてみたら、旅費も思ったよりかからないようだ。観光名所を見てみれば、確かに好きそうなものが並んでいる。 「行ってみるよ! 2泊とかでいいかな?」 「どうせなら1週間行ってきなよ! きっと、里花の経験に上乗せされるから!」  彼女に乗せられ、旅に出る準備をした。初めての海外。旅行会社を通して準備をして行く。  ……どんな旅になるのかな?  飛行機のチケット握りしめ、いざゆかん!台湾と意気込んだ。  ◆  台湾の地へ降り立つ。空港では聞きなれない言葉が飛び交い、異世界に来たような気持ちだ。  ツアーバスで送迎をしてもらい、観光名所を回る。  故宮博物館はガイドブックを見てからずっと気になっていた。ガイドに日本語で案内されながら、一つ一つを見て行く。象牙の置物に感嘆の声をあげた。  これだけみれただけでも、儲け物。  沢山の展示物を見ながら、どれもこれも素敵すぎてため息をつく。  台北101に龍山寺、夜市に中正紀念堂、九份、マンゴーかき氷に小籠包と観光名所と名物食べ物を前半で詰め込んだツアーに参加しただけで満足だ。 「あとは、そうだな……占いに行きたいな」  ガイドブックを開く。何種類もの占いが書かれていて、どれもこれも気になってしまう。  一人で街を散策する。旅の後半は、特に何も決めず、行きたい場所へ気ままに向かうことにしていた。  占ってもらっているのは、気ままな旅の醍醐味なのだろう。 「どうですか? 私、恋人ができますか?」  引っ込み思案な私は、恋人なんてできたこともない。いいなと思う人は誰かの恋人だったし、彼女さえいれば、大学なんてあっという間に過ぎて行った。  春から彼女はイタリアだ。彼女とこの4年間、濃い時間を共にしたので心にポッカリと穴が空いたようで寂しい。 「そうだねぇ……このあたりの運気は悪くないね。将来、夫になる人は日本人じゃないよ!」 「えっ?」 「もう、出会って……いや、近々出会う人があなたの運命の男性(ひと)! その人の後もないことはないけど、生涯を心穏やかに過ごせる人はこの人以外いないね!」  ニッコリ笑いかける占い師に若干引いてしまう。  結婚も何も春から働くことで、精一杯なんだけど……近々そんな人に出会うの?  信じられない言葉に耳を疑いながら、占い師の元を後にする。  街は日本と同じ雰囲気はあれど、彩るものや慣れない空気感が海外に来たのだなと実感した。  空は同じなのに、聞こえてくる言葉は日本語じゃないんだなぁ。  大通りに設置されたベンチに腰掛けた。行き交う車や人を見ながら、文化の違いに心細くため息をつく。 「あのっ!」  振り返れば、青年がいた。呼びかけられたのは、他の誰でもない私だろう。 「私でしょうか?」  周りを見てから返事をした。日本を離れて4日。誰かとの会話が恋しくなってきたところで声がかかった。 「はい、そうです。日本の方ですか?」  綺麗な日本語を話す青年に、はいと答えたら、隣に座ってもいいかと聞かれ頷いた。 「林建宏(リンジェンホン)と申します。名前を伺ってもよろしいですか?」 「私は、里花です」 「どういう字ですか?」  積極的に話しかけてくる青年。メモ帳を取り出し名前を書くと、じっと見つめていた。 「あの、(リン)さん」 「(リン)はたくさんいるので、建宏(ジェンホン)と呼んでください。建宏(ジェンホン)もたくさんいますが、(リン)より、振り向く人が少ないと思いますよ!」 「……そうだったのですね」 「リカさんは、そうですね……里花(リーファ)さんとお呼びしても?」 「えっ?」 「そのままでも素敵なお名前なのですが」 「えぇ、構いませんよ?」  このときだけと、建宏(ジェンホン)の好きなように呼ばせることにした。 「こちらには、観光で? それともビジネス?」 「観光です。社会人に……働く前に、海外へ出た方がいいと友人に勧められて」 「そうですか。観光はどこへ?」 「ガイドブックに載っている場所へ。ガイドに連れられて」 「なるほど。台湾の有名なところは制覇しちゃった感じですか?」 「たぶん」  曖昧に笑うと、建宏(ジェンホン)は難しそうな顔をして考え込んでいる。隣で、ぼんやりしていた。 「里花(リーファ)さん」 「どうかしましたか?」 「明日も台湾にいますか?」 「えぇ、2日はいますよ!」 「その2日を僕にください! 台湾のいいところ案内します!」  建宏(ジェンホン)が真剣な顔で案内をかってでてくれ、思わず笑ってしまう。 「な、なんで笑うんですか!」 「とても、真剣だったから……おかしくて。見ず知らずの私の案内を? まだ、学生だからお礼とかできませんよ?」 「お礼とか……里花(リーファ)さんに、もっと台湾のいいところを見てほしくて!」  人懐っこい建宏(ジェンホン)がニッと笑うので、つられて笑ってしまう。 「僕、人見知りなんですけど、日本に興味があって、日本の方と話をしてみたかったんです。話しかけたのが、優しそうな里花(リーファ)さんでよかった」 「それを言うなら、私も! 初めて会ったとは思えないです!」  自己紹介をして、連絡先の交換をする。こんなにしっかりしているのに、建宏(ジェンホン)が年下だということに驚いてしまった。  MRTの駅まで並んで歩き、明日の話をする。待ち合わせ場所を決めて別れた。 「すごく話しやすい子だったな」  ホテルについて、今日のことを振り返る。頭に浮かんだのは、建宏(ジェンホン)と過ごした数時間のことばかり。  明日の案内を楽しみに眠りについた。  ◆  待ち合わせ場所に行けば、背の高い青年が立っている。行きかう女性たちが、コソコソと話をしているは納得だ。 「ごめん、待たせたかな?」 「今、来たところですよ! 焦らなくても……」 「うぅん、ごめんね。それより……かっこいいね?」 「そうですか? よくわかりませんけど、里花(リーファ)さんがそう言ってくれるなら!」  はにかむ顔も可愛いなと見惚れていたら、苦笑いに変わってしまう。  何かいけなかったのだろうか?  見つめていると建宏(ジェンホン)は何も言わず笑いかけてくる。 「それじゃあ、行きましょう! デートですよ!」  手を握られ驚いたが、嫌じゃなかった。建宏(ジェンホン)の手を握り返し、隣を歩く。話す言葉は日本語で、私の言葉がわからないときは、聞き返したり意味を教えたりしながら建宏(ジェンホン)の案内で街を歩いた。  台湾の学生たちがデートを楽しむ場所だと教えられる。古い建物の外見とは裏腹に、中はリノベーションがされ、オシャレなお店がたくさんあった。商品を手にとっては、二人で一言二言言っては笑いあう。  まるで本物の恋人のようなひとときに、はしゃいでいる私に驚きつつも、たくさん笑いあう二人の時間がとても心地よかった。 「夕飯は、いつも行くお店でいい?」 「もちろん! どんなところか楽しみ!」  いつの間にか、敬語ではなく打ち解けた。  連れて行ってもらったお店に入ると、建宏(ジェンホン)は厨房のおばさんと話している。日本語でないことに、そういえば……と思い直す。じっと見ていると、おばさんにからかわれているのか、ほんのり建宏(ジェンホン)の頬が赤くなっていた。 「待ってて! すぐに用意してくれるって」 「うん。今、建宏(ジェンホン)からかわれていたでしょ?」 「どうしてわかったの?」 「なんとなく。顔、赤いよ?」  茶化すと、少し拗ねたような建宏(ジェンホン)が可愛くて仕方がない。 「里花(リーファ)のことを僕の彼女だって勘違いしたんだ。違うよっておばさんに言っておいたから、気にしないで!」 「そっか」  建宏(ジェンホン)の言葉にモヤっとしてしまう。昨日、出会ったばかりの年下の青年。  違う、違うよ……。恋じゃない。  心の叫びを否定する。そうーー違う。 「明日はどうする? どこか行きたい場所……里花(リーファ)?」 「ん? うん、建宏(ジェンホン)のおすすめに連れて行って」 「……うん、わかった」  建宏(ジェンホン)は一瞬曇った顔になったが、すぐに笑顔になる。運ばれてきた料理や次の日の話をした。 「日本へ行く予定なんだ。そのときは、里花(リーファ)が案内してくれる?」  突然の申出にも頷いた。社交辞令なのだからと。 「よかった……楽しみにしているよ!」  微笑んでいる建宏(ジェンホン)を見て、明後日には日本へ帰るのかと寂しくなった。  ◆  帰国の日、学校があるからと見送りはなくメールが1通届く。 『必ず日本に行くから。今度は何処かへ連れて行って!』  それを最後に連絡は途絶えた。  ◆ 「里花ちゃん、ため息多いわね?」 「そうですか?」  入社してからも、台湾での出来事をときどき思い返していた。2ヶ月も前のことかと思うと月日が経つのが早い。  ため息の原因はわかっている。    連絡先も知っているのだから、こちらから連絡をすればいい。  ――建宏(ジェンホン)。  彼のことが頭から離れない。  わかっていても送ることのできないメールが下書きフォルダにあった。  ……着信? 『日本にやっとこれた。里花(リーファ)に会いたい』  私は終業ベルとともに、指定された場所へと駆け出した。
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