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【クルージング】
「おみ! 海行こう、海!」
「たぎしゃー」
「行こうって言うか、ほぼ拉致ですよね、これ!?」
朝ご飯を食べ終え、まん丸になったおみのお腹を撫でていた頃。勢いよく飛び込んできたたぎさんは俺たちの腕を掴み、ずるずると鳥居の方へと引きずり出した。
明るく元気、そしてアクティブなたぎさんは、いつも俺たちを外に連れ出してくれる。普段は修行のために行く滝と、お散歩で歩く山道しか知らない俺たちにとってたぎさんが見せてくれる世界は興味深いものだけど。いささか強引なところは否めない。おみはそういうところも気に入ってるみたいなので、何も言わないが。
「初日に行きましたよね、海」
「やーっと届いたんよ! もーぜったい腰抜かすけんね!」
「ぴゃーってなる?」
「なる! バリすごいばい、これはもう、でたんすごい!」
「凄いのはよく分かりました」
ありとあらゆる語彙を用いて、とにかく「凄い」ことを伝えてくれる。何がどう「凄い」のかさっぱり分からないが。
なぜかおみは「しゅごいー!」とはしゃいでいる。頼むから俺を置いていかないでくれ。
「バイク、後ろ乗る?」
「三人はさすがにまずいんじゃ」
「じゃあ涼太はチャリね」
「過酷すぎませんか!?」
鳥居の前で一悶着した結果、俺がお古の原チャリを借りることで落ち着いた。そして宗像三女神のプライベートビーチへ颯爽と向かうのだった。
「す、すごいー!」
「やろ!?」
「これは……すごすぎる……」
晴天の下、ガタガタ鳴る原チャリでようやく到着したプライベートビーチには。
なんと、驚くことに。
「おふねだー!」
「え、漁船? え?」
「ふっふーん!」
新品の漁船が浮かんでいた。
どこを見ても美しく塗装され、眩いほどに輝く漁船。船の先には立派な大漁旗が掲げられ、船体には堂々とした字で船の名前が書かれていた。
「おみの船、おみ丸号ばい!」
「まー!」
「おみ丸号……」
先日までたくさんもてなしてもらった。色々と計画を立ててもらい、テントも用意してもらった。
しかし、まさか船まで準備されていたとは。
宗像三女神、やることが大きすぎる。
「これで今夜の花火、みんなで見ようや」
「みる! みんなで、おふねのるー!」
「俺、免許持ってないんですけど……」
「そこはアタシに任せとき!」
にかっ! と笑うたぎさんは、心底海が好きだということが伝わってきた。おみと同じく海を司る女神だ。任せておけばきっと大丈夫だろう。
新品の船に乗り込み、さっそく試乗をしようということになった。潮の香りが鼻先をくすぐる。普段は山の匂いに囲まれているから、海の香りは珍しいはずなのに。なぜこうも懐かしい気持ちになるんだろう。
「おみが海の子だからかな」
「おみ、うみのこ?」
「そうだよ。大地と空の間、海の子だ」
「んふふ」
キラキラ輝く水面と同じくらい、眩しい顔でおみが笑っていた。
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