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彼は子供の頃に母によく月のウサギの話を聞かされた。病弱だった彼は布団から窓の月を見上げることが多かった。満ち欠け、ス-パームーン、ブルームーン、ピンクムーン。その多彩な月にウサギを意識するようになっていった。 日々布団の中で過ごさなければならない彼にとって月に遊ぶウサギは飽きることなく魅力的で、通うことが許されない学校の友人の唯一の代わりでもあり、慰めでもあった。 彼は病気の苦しみの夜を月のウサギとの楽しい物語を想像して、痛みで汗ばむ手のひらを握りしめながら乗り切ってきたのだった。 いつしか、友人がウサギという言葉にすり替えられ、ウサギのいる月の日毎の姿が、アルバムの写真のように彼の深層心理に貼られ、それは栞付きのページとなって、幾重にも重ねられていった。 まるでつくることのできなかった思い出を月とそのウサギで満たそうとしているようでもあった。 青年になって、天文学者としての人生を夢みる彼は、今でも毎夜、月とウサギに出会うのだった。天候や季節による、人には気づけれないほど少しの月の変化が、彼の興味をいつも新鮮なものにしていた。 天体望遠鏡の中で月の静かの海が揺らめいてみえた。 ―― 喉が渇いた、冷たい水が欲しい。さすがに夏だもんな。 青年は知らなかった。 それはすでに月に生まれていた 彼の子供の頃に。 それは彼の想いから生まれたウサギだった。 その灰色の世界のウサギは なぜ自分がここにいるのかわからなかった。 彼女は目の前の大きな青い星を見ていた。 ずっと、いつも見ていた。
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