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この階の奥の病棟の方が騒がしくなっていた。 入院患者の誰かに何かあったのだろう。 小さい時から病院通いに慣れた彼であったが、病棟仕切りのドアが開けられる度に聞こえた少女の泣き声に、胸が締め付けられるように痛んだ。そういうことが自分にも起こるのではないかと不安に苛れていた時のことを思い出した。 新しい治療法のおかげで青年は同年代より3年遅れたが大学の天文学系の学科で学ぶことができていた。苦しい治療にも耐えてきた。定期的な治療の為、この病院に入院していた。 休憩室で気を紛らわそうと廊下に出た彼は、廊下を走ってきた少女とぶつかった。転んで倒れた少女は泣きじゃくっていた。思わず少女の手を取って助け起こしていた。手のひらに、何かを感じた。 少女は、ごめんなさいごめんなさいと小刻みに言うと 廊下の奥に現われた人影に向かって駆けていき、抱きついた。 夜、消灯時間過ぎの病院のベッドから見る半月は綺麗だった。 ―― 手のひらが疼く、そんなに強くつかんだか? 青年は驚いた。 彼の中の月のウサギの姿が変わりはじめていたのだった。 ウサギは青い星を眺めていた。 白い毛が抜けてきていた。 ―― わたしはどうなってしまうの?・・・怖い。 ウサギは青い星には、見えないけれど自分にとってかけがえのない何かがあると分かってはいた。 ―― 手足がへんな方に曲がりだした、痛い! どれだけ目を凝らしても青い星の中に何も見つけれないのだった。 ―― 耳が、・・・耳が。 ウサギは苦痛に赤い目を瞬かせた。 ―― 体が重い、もう、立っていられない。 青い星の隠された答えをみつける目が欲しいと思った。 耳が短くなり体が伸びて大きくなり、抜けた毛のあとは白い肌になっていた。 ―― わたしは、こんなに、醜くなってしまった。 退院する頃には、ウサギの姿は美しい白い女性になっていた。彼には月に映るその姿がはっきりわかった。ウサギが体の変化に苦しみ困惑している様子まで分かった。ウサギは彼の思い描く理想の容姿になっていく。彼はその美しさと柔らかい愛くるしさに引き込まれていった。 もう夜はそのためにあった。
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