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第二章 一日目 その⑥
どこか冷たさを感じさせる階段を上りきると、途端に景色が一変した。景観を損ねない程度に剪定された草などが生い茂っており、その先にある何かを引き立てているようだった。
しばらく歩いていると二つの建物が見えてくる。
片方は黒色に染められた平たい建物で、不思議な造りをしていた。武家屋敷のように横に長いのだが、外観はどこからどう見ても西洋風の作りだった。まるで島をそのままそっくり切り抜いたかのようにホールケーキのような形をしている。
もう一つは縦に長い二階建ての建物だった。色合いは全体的に白く、外観から作りまで西洋の館そのモノだった。
だが、なぜだか恐ろしく感じた。まるで隣の黒い建物は、この白い建物によって染め上げられたんじゃないかと思うほどに禍々しい何かを感じる。
「ほー。これが黒屋敷か」
鈴無が屋敷を見上げ感嘆したような声を上げた。
どうやら平たい建物の方がぼくらがこれから生活する黒屋敷のようだ。
そしてそうなると隣にある建物は、閖の言っていた人形館なのだろう。
なるほど。確かに嫌な感じがする。
「黒屋敷って、火事で焼け落ちたんじゃなかったっけ?」
ぼくは疑問の声を上げた。
すると隣から答えが返ってくる。
「焼け落ちた後に、黒井美紀氏が建て直したんだよ」
普段の運動不足が祟ったのか、楽椅は既に汗だくで、今にも倒れそうなほどに息切れを起こしていた。
答えが返ってくるとは思っていなかったぼくは、言葉につまってしまう。
それをどう勘違いしたのか、楽椅は自己紹介をしてくる。
「楽椅杏」
「ぼくは和十巽。そして背中にいるのが、守谷夢九」
ぼくがそう言うと、楽椅は何故だかじっとこちらを見てくる。そして真剣な顔で問いかけてきた。
「時に和十氏。君はアニメやアイドルは好きかね?」
「は?」
質問の意図が計りかねずに、訊き返してしまう。
「だからアニメやアイドルは好きか訊いているのだよ」
「いや、アニメもアイドルも残念ながら詳しくはないかな」
「そうか……」
目に見えるほどに落ち込む楽椅。
もしかしたら同士を探していたのかもしれない。
「それにしても和十氏は羨ましいな」
楽椅は羨望の眼差しをぼくへ向けてくる。
「羨ましい?」
「そんな美少女をおんぶできるなんて、羨ましい以外に言葉が見つからないだろ」
「じゃあ、代わる?」
「良いの!?」
顔がくっつきそうなほどに、楽椅が距離をつめてくる。
「全然良いよ」
むしろお願いしたいぐらいだ。
だが、そんなことを夢九が許してくれるはずもなく、ぼくの背中を殴りながら
「良いわけがないだろ!」
と言った。
そしてゴミを見るような目つきを楽椅に向けて
「豚におぶわれたら変な汁がつくだろうが」
と言う。
確かに楽椅は肥満体型だが、だとしても豚はないだろう。しかも変な汁がつくって……
傍から聞いていてもひどい罵詈だったので、本人はさぞかし傷ついているのだろうと心配になって楽椅を見たのだが、ぼくの心配は杞憂だったようだ。
楽椅は頬を蒸気させながら
「美少女に罵倒されるのは、我々の業界ではご褒美だ」
と呟いていた。
夢九はさらに冷え切った視線を楽椅に向けるが、楽椅はそれすらも嬉しそうに笑って感謝を口にしていた。
話してみた感じ悪い奴ではないのだろうが、しかしやばい奴であることは確かなようだ。
「お邪魔します」
大人の余裕を感じさせる声で罪可さんはそう言って、真っ黒な両開きの扉を開けた。
先導する罪可さんの後を着いていき、無駄に横に広い石畳でできた二段だけの階段を上り、玄関へと入る。
まず初めに目についたのは大きなホールだった。ガラス張りの天井から降り注ぐ光を吸収するかのように広々と広がっており、その中心に置かれた真っ黒のテーブルがその光を一身に浴びていた。おそらく実際にはそこまで広くはないのだろう。外観から考えると精々十五人ちょっと収まるかぐらいだ。しかし横に平べったい作りが影響しているのか実際よりも広く見える。
だが広く見えるはずなのに同時に圧迫感もあった。壁や絨毯に至るまで全て黒に統一されていた。それが圧迫感の原因であることは確かだった。
部屋はホールを囲うように配置されていた。数えたところ十個の部屋がある。おそらくその内の七部屋が客室で、残りの三部屋がキッチンやトイレ、浴室なのだろう。やはり扉も黒色で、見分けがつかない。
つまり黒屋敷の構造は円形なのだ。ホールケーキのような円で、各部屋から中央に伸ばした先にテーブルが置かれている。中央のテーブルが中心なのだ。
「ん?」
各々が黒屋敷に圧倒されている中、夢九だけは訝しんでいるようだった。
「何か気になることでもあった?」
「いや、外から見たときも思ったんだが、どうにも違和感があるんだよ」
言われてぼくももう一度屋敷内に目を向けるが、夢九の言う違和感に気づくことは出来なかった。強いてあげるならば黒に染め上げられていることぐらいだろうか。そのせいで遠近感が狂い、なんだか心細くなる。こう何かを見落としているような気がしてならないのだ。
まあ、それも黒い理由は、黒井の黒からとったモノだと思えばさして変ではないのだが。それに絨毯などが黒いおかげで汚れも目立たない。黒屋敷は靴を脱がない、所謂欧米スタイルな屋敷のため、それはそれで都合が良いのだろう。
「くさいわね」
この場に適さない声に振り向くと、中禅だった。
中禅は鼻をつまみながら顔をしかめていた。
しかしくさいとはどういうことだろうか。生憎とぼくには中禅の言うくささがわからない。むしろお香の匂いと言えば良いのだろうか、心地よい匂いが屋敷を満たしており、気分が落ち着く。
他の人間も同様に思ったのか、視線が中禅へと集まる。
中禅は自分に視線が集まっていることに気づいたのか言葉を付け足した。
「死人の匂いがするのよ」
言われて鼻をスンとさせるが、死体の匂いなどしなかった。
もしかしたら中禅の言うくさいとは、霊的な何かなのかもしれない。
だとしたら他の人間には、わからなくて当然だ。
「何度も改築をしているのだ。死体の匂いなどするわけがないだろ」
鈴無が馬鹿にするように鼻をならす。
中禅は中禅でそんな鈴無を見下すよう視線を向け
「いくら改築しようとも、人の死の匂いは消えないのよ」
と言った。
「ふんっ。またお得意の霊か。だったら今すぐに降霊術で黒井俊紀の霊を降ろして、事件を解決してもらいたいものだな」
「そう簡単にできるわけがないでしょ。降霊術をするにも準備が必要なのよ」
「ペテン師め。素直に『私はペテン師なので、出来ません』と言えば良いだろ」
「今日は随分と突っかかってくるのね。もしかしてこの前私に先を越されたことを根に持っているのかしら?」
「なんだと?」
「ごめんなさいね。でも、あなたみたいなへっぽこ探偵に任せていたら、一生解決しないと思ったのよ」
「貴様……喧嘩を売っているのか?」
「先に売ってきたのはそっちでしょ?」
どうやら鈴無と中禅は顔見知りの上、仲が悪いようで、一足即発の空気が流れる。
夢九は部屋を見回っており、他も閖は面白そうにその光景を眺め、楽椅は疲労困憊なのか床に座り込み、轟はノート片手にメモをとっていた。要するに皆我関せずと言ったところだった。
このまま喧嘩を始められてはたまったモノではないので、仕方なしにぼくは止めに入ろうとするが、それよりも先に声が上がる。
罪可さんだった。
罪可さんはまるで引率の教師のように
「まあまあ、それよりもまずは部屋割りを決めましょう」
と言った。
ある程度敬意を表している相手だからだろうか、鈴無はあっさりとひく。
中禅も元々はそこまで血の気の多い性格ではないようで、同じようにひいた。
もしぼくが口を挟んだとしてもこうはならなかっただろう。
やはり年長者は頼りになると思った。
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