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第二章 一日目 その⑦
閖以外は特に部屋の希望もなく、部屋自体も造りや家具は一緒だったためすぐに部屋割りは決まった。
部屋は玄関を十二時として、一時三十分の方向にトイレ、二時二十分の方向にキッチン、三時四十分の方向に閖、四時三十分の方向に鈴無、五時三十分の方向に中禅、六時の方向に空き室、七時の方向に罪可さん、八時の方向に浴室、九時の方向に楽椅、十時の方向に轟、十一時の方向にぼくと夢九、となった。
なんとも歪な形だ。隣の部屋が何かを基準にしなければ、自分の部屋さえ分からなくなりそうなほどに。
空き室が使えればぼくも一人部屋を確保できたのだろうが、生憎と使用は禁じられているうえに、鍵もかかっているので結局ぼくと夢九は予定通り同部屋になるしかなかった。
部屋割りが決まった後は、各自夕食まで自由時間となったので、ぼくは散歩がてら島を散策することにした。夢九も誘ったのだが、体調が悪いらしく断わられ、代わりに閖と散策することになった。
「黒井美紀は来ないの?」
隣を歩く閖に訊く。
依頼者の黒井美紀は未だに姿を現していなかった。
「どうだろう? 彼女、事件があって以降は人前には出ていないらしいから」
「そうなの?」
「元々こんな人里離れた島に住んでいたから人前に出ること自体少なかったらしいけど、事件以降はそれに輪をかけて出なくなったらしいよ。地元の人間も事件以降は、ほとんど顔を見ていないそうだし」
「もしかして黒井美紀って存在しないんじゃないかな」
ぼくは頭に浮かんだ考えをそのまま口に出したが、すぐに否定の言葉が返ってくる。
「それはないよ。だって警察に保護されているんだから」
そう言えばそうだった。
「それに焼け崩れた黒屋敷を再び建てたのは、黒井美紀だしね」
「……焼け崩れた黒屋敷は、元々どこに建っていたの?」
「今ある黒屋敷と同じ場所だよ」
閖はそう言った後に凄むように顔を近づけてくる。
「しかも! 火事で焼け崩れたのは、二回目らしいんだよ」
「二回目?」
近づいて来た顔にドキドキしたが、なんとか平静を装いながらも訊き返した。
「ほら、人形師が住んでいたって話したでしょ?」
船で少しだけ話題に上がった話だ。
「……確かその人形師とその家族は火事で亡くなったんだよね?」
「そう。名前は宮代祐二(みやしろゆうじ)って言って、人形師としてだけではなくて、建築家としても有名だったんだよ」
「じゃあ、あの隣にあった白色の館もそうなの?」
「それだけじゃないよ。今ある黒屋敷も元々宮代祐二やその家族が住んでいた屋敷をそっくりそのまま真似て造ったモノなんだよ」
つまり今の黒屋敷は、宮代祐二が設計した建物と言うことか。
でも、どうして黒井美紀はわざわざ同じ建物を同じ場所に建てたのだろうか。気に入っていたのか。
「火事って事は事故だったの?」
「いや、事件だったらしいよ。しかも殺人」
「殺人?」
「今から十五年前、つまり黒屋敷炎上事件が起きる十二年ほど前、宮代屋敷が炎上し、全焼した。焼け跡からは宮代祐二とその妻の形子、そして当時屋敷で働いていた使用人二人の内一人の遺体が発見される」
閖はスラスラと事件の概要をあげていく。
「三体の遺体からは相当量の睡眠薬が検出された上にいずれの遺体も死因が一様ではなかった。使用人は浴室で首を絞められた末の窒息死、宮代夫婦は寝室にて刃物で滅多刺しにしての殺害。事件の概要はだいたいこんな感じだよ」
なるほど。だから殺人なのか。
そして黒屋敷炎上事件同様に、火事自体は死因とは関係ないようだ。
「あれ、使用人は二人いるんだよね?」
当時宮代家に住んでいた人間は四人いた。宮代夫妻と、そして使用人二人。死体が三つでは数が合わない。
「そうなんだよ。死体は三つで一つ足りない。警察がいくら探しても使用人の遺体は見つからなかった。――で、そこから探偵はこう考えたらしいよ。犯人は使用人だってね」
当然の帰結だろう。ただでさえ火事によって現場に残された証拠が少ない上に、住んでいたはずの人間が姿をくらましているのだ。
外部犯による犯行の可能性もあるが、それも使用人が犯人とする見解と比べれば可能性が低い。やはり今の情報からすると使用人の犯行として考えるのが、尤もな結論だ。
「……探偵? 警察じゃないんだ?」
「名前まではわからないけど、担当したのは探偵らしいよ」
おかしな話ではないのか。
探偵に捜査権が与えられたのは、一九九五年からだが、表に出るようになったのは二〇〇〇年に入ってからだ。つまり丁度この事件と重なるわけだ。
「話を戻すと、事件は結局使用人が犯人ってことで結論づけられたらしいよ。まあ、その使用人が見つかっていないけどね。あーそれと宮代形子の死体だけ四肢が切り取られていたって言ってたっけな」
「宮代形子だけ? 他の死体は五体満足だったの?」
「焼死体を五体満足って言って良いかわからないけど、でも、宮代形子だけは殺された後にだけど四肢を切り取れてたんだって」
相当恨まれていたんだろうね、と空を見上げながら閖は言った。
三年前の事件と同じだ。三年前の黒屋敷炎上事件も死体の四肢が切り取られていた。火事という点も同じだ。
四肢を切り取り、火事を起こしたことになんの意味があるというのだろうか。
考えられる見解としては、死体が誰かわからなくするためだ。いや、むしろそれしか考えられないだろう。
しかしその見解では、全てが解決しない。
十五年前の事件で妻の形子の死体が使用人だったとしよう。その理由は警察から逃げるためだと理論づけることは出来る。
だが、三年前の事件はどうだろうか。三年前の事件では見つかっていない人間はいない。死体の数と当時そこに存在していた人間の数はピッタリと合うのだ。強いてあげるならば今現在の黒井美紀が怪しい。彼女は唯一の生き残りなのだから。本当の黒井美紀ではない可能性はある。
しかしだとするならば黒井美紀が入れ替わった死体が見つかっていないことはおかしい。
いや、そもそもとしてその場合犯人は現在の黒井美紀となるが、当時の黒井美紀は十二才だ。そんな人間が複数の大人を殺し、なおかつ入れ替わることを思いつけないだろう。
やはりどう考えても、その見解では解決しないのだ。
「まあ、今回の黒屋敷炎上事件とは関係はないだろうね」
閖はそう結論づける。
偶々、偶然同じ場所で同じような事件が起きたと言えばそうなのだろう。
偶然とは往々にして起こりえる。だからべつにその結論に不満は何もない。
しかし、どうにも偶然ではないように思えるのだ。手口まで一緒という所がひっかかる。他の偶然を飲み込んでも、それだけは飲み込むことが出来ないのだ。
いくら考えてもそれ以上何か思いつくことはなかったため、思考から追い出した。
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