第一章 探偵と助手 その①

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第一章 探偵と助手 その①

「犯人はお前だ」  ややウェーブのかかった黒髪を靡かせながら夢九はそう言った。  女性にしては高い身長に、女性云々を抜きにしても悪い目つきを携えているためか、威圧感はひとしおだ。    当然指をさされたうえに睥睨された二十代の女性は臆すように身を縮めるが、さすがに犯人扱いには我慢ならなかったのか 「な! 何を言ってるのよ!? 私が犯人のわけがないでしょ!」    と言った。  やや大袈裟過ぎるほどの否定だったが、本人からすればそれは大袈裟でも何でもないのだろう。  何故なら犯人扱いされている女性こそが――名前は忘れた――依頼者であり被害者なのだから。  依頼人の女性がそれに気づいたのは、つい最近のことだったらしい。  以前から自宅の物の位置が変わることなどあったが、当時はまだ気のせいだと思っていたらしい。しかし日を追うごとに物がなくなったり、飲み物が減っていたりと気のせいではすませられなくなり、そしてつい一週間前身に覚えのないメモ書きが冷蔵庫に張ってあったことが決定打となり、ストーカーの存在を疑い始めたそうだ。    女性は入り口にカメラを仕掛け、管理人に気にかけてもらうように頼むなどしたが、カメラに写ることも、管理人が不審な人物を目撃することもなかった。    当然ストーカーの証拠はないため警察も動いてくれず、困り果てた女性は探偵を頼ることを決めたそうだ。    そして数ある探偵の中から、まだアマチュアでお金もそれほどかからないぼくと、今も偉そうにない胸を張る守谷(もりや)夢九(むく)に依頼をしたわけだ。  それなのに犯人扱いされたとあっては、たまったモノではないだろう。 「そうだよ。犯人のわけがないだろ。それともこの人の勘違いだとでも言うの?」  ぼくがそう言った瞬間、女性がものすごい勢いで睨んできた。おそらく勘違いと言う言葉に反応したのだろうが勘弁してほしい。ぼくだって好きでこんなことを言っているわけではない。ぼくはただぼくに与えられた助手の役割を全うしているだけで、本当はこんなこと言いたくないのだ。  夢九はぼくが役割を果たしていることに満足したのか一つ頷き、上を指さした。  指の先を辿ると、そこには換気扇があった。一片十五センチの正方形の換気扇だ。 「換気扇がどうしたの?」 「それが原因だよ」  夢九は僕の疑問に答えた後に、視線を再び依頼主へと向ける。 「おい、この部屋にいるときに頭とか痛くなったりするだろ?」    夢九のおい、という呼称に、女性はいらだちを覚えたようだが、そこはさすが社会人、怒りを飲み込み答える。 「ええ。特に休日一日中家にいる時は、頭が痛くなったりするわ」 「だろうな。その換気扇からは一酸化炭素が漏れているんだから」    女性は換気扇に視線を向けた。  どうやら今の今まで気づいていなかったようだ。  それにしても、なるほどそう言うことだったのか。部屋に上がるなり夢九が換気扇に向けて何か機械をかざしていたが、あれは一酸化炭素の濃度を測っていたのか。てっきりいつもの変人行動だと思っていた。 「……頭痛の原因を教えてもらったことは感謝するけど、それと物が動いたりすることにどんな関係があるのよ? もしかして一酸化炭素が物を動かしたりしてるとでも言うのかしら?」    今までの無礼な態度への仕返しか嘲るように女性は訊くが、それに対して夢九は 「馬鹿か。気体が物を動かしたりメモをとるわけがないだろ」  呆れるようにそう言い返し、 「馬鹿と話すとつかれるな。おい、ワトソン。君が説明しろ」    ぼくに丸投げしてきた。  ぼくの名前もあってか、夢九はぼくをワトソンと呼んでいた。  そしていつものことだが、面倒ごとは大抵ぼくに丸投げするのだ。  女性がぼくへと視線を向ける。  慣れているぼくは、夢九の推理を補足するように言う。 「えっとですね……一酸化炭素中毒は知っていますよね?」 「馬鹿にしないでくれるかしら。そんなこと知っているわよ」    女性は夢九に対する怒りをぼくにぶつけるようにキッと睨み付けながら、知識を披露してくる。 「頭痛や嘔吐などを起こすのよね?」    酷いときには亡くなることもあるのだが、まあそれは今はいいだろう。 「ええ。一般的には、それであっています。ただそれだけじゃないんですよ。稀にですが他の症状もあったりするんです」 「他の症状?」 「記憶障害や夢遊病を起こすんですよ」    女性は理解したのか、顔が青ざめていく。  ぼくは推理をまとめるようとするが、それよりも先に夢九が言った。 「要するに自分で物を動かしたり、メモを書いたりしていたんだよ」
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