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第一章 探偵と助手 その③
「おい、ワトソン」
幻のストーカー事件解決から早いことで十日ほど経ち、自宅の窓からはややフライング気味の春が感じられ、それを堪能しながら昼食に舌鼓を打っているときだった。唐突に夢九が話しかけてきたのは。
「何?」
自分で作ったオムライスに飽き飽きとしながらもぼくは反応する。飽き飽きとしている理由は今週だけで既にオムライスを五回食べているからだ。それならば違う料理を作れば良いだけの話なのだが、話はそう簡単なモノではない。
目の前に座る同居人は、かなりの偏食家であるため気に入った料理しか口にしない。しかも本人は料理ができない上に、作らせれば毒を混ぜてくるため必然的にぼくが料理を含む家事を担当するようになり、夢九の好きな料理を作る羽目になったのだ。
だったらどうせ自分で作るのだから夢九の分は夢九の分で作り、ぼくは自分が食べたい物を作れば良いのだが、そこは例のごとく夢九の傍若無人ぶりが発揮された。
目の前で自分よりも良い物を食われるとムカつくとの理不尽な言い分により却下されてしまったのだ。
そんなこんなで結局ぼくは夢九の好みに付き合わされ、今日も今日とてオムライスを食べているのだ。
リスのように頬をオムライスで膨らませながら夢九が話そうとするが、ぼくはそれを遮る。
「飲み込んでから話そうね」
遮られたことに腹を立てたのか、夢九が睨んでくる。まるで子供の世話をしているような気分だった。しかし夢九の場合容姿が大人びているためか、気分的には介護に近い。
「君は入学式までに何か予定があるか?」
入学式とは文字通りそのままの意味だ。ぼくと夢九はこの春から高校生になる予定なのだ。
「あるよ。高校生になったら自由がなくなるからね。今のうちにたくさんの女の子と逢瀬を楽しむ予定さ」
「気持ち悪いな」
夢九は嫌悪感たっぷりの目でぼくを見る。
確かに今のは自分でも気持ち悪いと思ったが、だからといってそうハッキリと言うこともないだろうに。まあ、人の感情の機微に乏しい夢九らしいと言えば夢九らしいが。
「まあ、君が気持ち悪いのはいつものことだから良いとして、その女ってのは、君の連絡帳にある奴らか?」
「え? まあ、そうだけど」
どうしてぼくの連絡帳を把握しているのかは今更のことなので訊かなかった。おおかた勝手にパスワードを突破しいじったのだろう。
「それならば暇だな」
夢九は一人そう結論づける。
「おい、ぼくの話を聞いてたか? ぼくは予定があるって言ったんだぞ」
「聞いた上で予定がないと判断したんだよ」
相変わらず話がかみ合わない。夢九からすれば既に結論が出ているが、他からすればどうしてその結論に至ったか知らないため何も理解出来ないのだ。
「だからどうしてそうなるんだよ」
「既に断りを入れといたからだ」
女性たちに断りを入れたという意味だろうが
「断わった記憶がないんだけど」
僕はそんな記憶なかった。
「私が断わっといた」
悪びれもせずに夢九はそう言った。
なるほど。確かにそれならばぼくは暇だ。
「おい、無言で私のほっぺをひっぱるな! 仮にも私はレディーだぞ!」
レディーを名乗るのならば、まず口の周りに付いているケチャップをどうにかしてほしい。
憤りを夢九のほっぺにぶつけ、少しだけ冷静さを取り戻したぼくは、話を戻す。
「それで、誰かさんのせいで暇になったけど、それがどうしたの? また宇宙人でも探しに行くの?」
昨年の夏のことだった。例のごとく人並み外れた探究心を持ち合わせた夢九は、宇宙人を捕まえたいと言い始めたかと思うと、翌日にはアメリカのエリア51へ目的地を定め日本を発った。当時既に助手であったぼくは、当然のことながら無理矢理それに同行させられる羽目になったのだ。
何故エリア51だったのかというと、宇宙人の話題を出すと必ずその名前が挙がるというとても安直な物だった。
結果だけを言えば、それは失敗に終わった。それどころか危うくテロリスト認定をされる一歩手前まで行き強制的に帰国をさせられたのだ。
しかしそれで諦める夢九ではなかった。あれだけ厳重に隠すのだからあそこに宇宙人はいると何度も言い、次の機会を伺っていた。だから高校生になる前に、その機会を訪れさせるのかと思ったが、表情を見るにどうも違うようだ。
「ところで、君は推理小説と言ったら何を思い浮かべる?」
突然の話題転換に嫌な予感がしたが、ぼくは答えた。
「探偵」
「他には?」
「トリック」
「他には?」
どうやら望む答えがあるようだ。
「血みどろの惨劇」
その答えでもないらしく、夢九からは舌打ちが返ってきた。
それからもぼくは思い浮かぶ限りの言葉をスラスラとあげていき、やっと正解へとたどり着いた。
「陸の孤島」
「そう、それだ。やっぱり推理小説と言ったら陸の孤島は外せない」
夢九は嬉しそうに手を叩き、推理小説について熱弁を振るい始める。
ぼくはそれを相槌を打つ機能のみが搭載されたロボットのように聞き、話が終わった頃合いを見て口を挟んだ。
「それで、陸の孤島がどうしたんだよ」
待ってましたとばかりに夢九はニヤリと笑い、テーブルの端に置かれた手紙を手に取り、まるでおもちゃを自慢する子供のようにぼくに見せびらかしてきた。
「招待状が来たんだよ」
そう言って、夢九はぼくに手紙を渡してきた。
受け取ったぼくは、早速中身を拝見する。中には三つに折り畳まれたA4サイズの上質紙が入れられていた。
紙には『守谷夢九様。あなたを名探偵と見込んで解決してほしい事件があります。もし受けてくださるのならば、三月二十七日の正午にS県E市の港までお越しください』とワープロを使って書かれていた。差出人のところには黒井美紀と記されている。
その時点で嫌な予感が脳裏を埋め尽くしていた。目の前にいる探偵は普段は引きこもりがちの面倒草がりなのだが、いざ面白そうな事件や、自分の興味をひく出来事があると、それが嘘だったかのようにアグレッシブになるのだ。
そして先程のやりとりから見るにこの手紙は夢九のお眼鏡にかなっているように思える。
ぼくは恐る恐る顔を上げる。
すると目の前には満面の笑みを浮かべる夢九がおり、まるで遊びにでも誘うように
「行くぞ、ワトソン」
と言った。
そしてそれはぼくの春休みが台無しになった瞬間だった。
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