第二章 一日目 その②

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第二章 一日目 その②

 それから数分ほどで電車のアナウンスがE市を告げた。  電車から降りると一面には海が広がっている。潮風の影響かそこかしこの鉄が錆びており、駅員の姿も見えない。典型的な田舎の駅だった。ホームから出て、海辺に反射する紫外線を手で防ぎながら、港へと向かう。港には見るからに高そうな中型船が一隻だけ止まっていた。そしてその傍らには、女性が待ち人を待つかのようにして佇んでいた。  綺麗な女性だった。身長や体型は夢九と似ているが、雰囲気は夢九とは違い大人びていた。  女性はぼくらに気づいたのか、一礼してから話しかけてきた。どうやら待ち人というのは、ぼくらのようだ。 「守谷夢九様ですね?」 「ああ。お前は?」 「私は黒井美紀より皆様をお連れするように賜ったモノです」 「案内人って事か」    夢九は女性の後ろにある船を一瞥した後、懐から招待状を取り出して渡した。  招待状を受け取った女性は確認し終えると、夢九へと返す。そしてぼくの方へと視線を向けてくる。まるで催促を促すように。  生憎と招待をされたわけでもないぼくは、苦笑いを浮かべることしか出来ない。代わりに夢九が答えた。 「こいつは助手のワトソンだ」    女性は一瞬顔を歪めたが、すぐに元の無表情へと戻る。 「部屋が足りないのですが……」 「ああ、それなら問題はない。こいつと私は同部屋で構わないさ」  確認するように夢九はぼくへと視線を向けた。今更同部屋を気にする仲でもないので、ぼくは頷いた。 「はーそうですか。それならば問題はありません」    女性は渋々ながらぼくの島への滞在を認めてくれたようだ。  それから女性はぼくらに船内のラウンジで待つように告げた。 「なんだ、まだ出発しないのか?」  夢九がそう訊くと女性は 「他にもいますので」    と答えた。どうやらぼくら以外にも依頼を受けた人間がいるようだ。  ラウンジには十人ほどが座れるスペースがあり、先に到着していたメンバーが二人座っていた。  一人は全体的に露出が高く、下手したら裸の方がマシなんじゃないかというぐらいの服装をした女性だった。化粧も濃く世間で言うところのギャルと呼ばれる人種だ。    もう一人は清楚の極みにあるような女性だった。肩程までに伸びた黒髪に、申し訳程度に施された化粧、そして何故だが巫女服を着用していた。  二人とも美人だが、系統は正反対だった。離れて座っているところを見るに、初対面、あるいは仲がいいわけではないのだろう。年齢もぼくらと同じぐらいに見える。  ぼくらの存在に気づいたのか、女性二人はこちらに視線を向けた。  夢九は挨拶などすることなく、ドカドカとラウンジに入り、一番端に座った。常識人で紳士を自称するぼくは女性二人に会釈をする。  するとギャルは笑顔で手を振り返してくれたが、巫女さんの方には無視されてしまった。  どうやらギャルはとっつきやすい性格で、巫女さんの方は神経質な性格のようだ。  ぼくが夢九の隣に座ると同時に、二人の男が入ってきた。  一人はおそらく四十代ほどだろう男だった。だろうというのは、その男の容貌が年齢を図ることを難しくしているからだ。顔立ちはまだ三十代と言われても信じられるほどだが、オールバックに撫でつけられた髪が全て真っ白だったからだ。それに加えてなんだか全体的に苦労人の空気が漂っている。まるで枯れ木のような男だ。    もう一人は、これまた神経質で偉そうな男だった。同い年ぐらいだろうが行動の節々に尊大さが現れていて、さらに目が細く、長い顎を携えた顔立ちは神経質そうな印象に拍車をかけている。  正直男には興味がなかったが、話を聞くに少なくともこれから数日間は、関わりがあるので会釈をする。    枯れ木のような男は、好々爺の如く優しい笑みと共に会釈を返してくれたが、偉そうな男は返してくれなかった。それどころか侮蔑するような視線を向けてきた。  その態度はあんまりじゃないのかと思ったが、別に仲良しこよしのツアーに行くわけではないのだし、寛容な心で受け流すことにした。  それから三十分ほど待っているとさらに男女一人ずつ乗り込んで来ると共に、先程の案内人の女性がラウンジへやって来た。 「皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます」    どうやらこの八人で全員のようだ。 「……これはどういうことだ」  偉そうな男が自分以外の乗客を見回しながら声を上げた。その様子を見るに他の人間がいることは知らなかったようだ。 「皆様にはこれから一週間ほど宮代島(みやしろとう)で生活をし、かつてそこで起きた黒屋敷炎上事件の真相を解き明かしてもらいます」  女性は無視して機械的な声で話し始める。まるであらかじめやることだけをプログラムされたロボットのようだ。そしてどうやらここに集められた人間は全員探偵らしい。 「事件?」  枯れ木のような男が訊き返した。なぜだかその声には、恐れのようなモノが混じっているように聞こえた。  女性は枯れ木のような男を一瞥した後に、事件の概要を語り始める。 「今から三年ほど前の三月三日未明、E市から四十キロほど離れた宮代島にある黒井邸、通称黒屋敷が全焼しました」  宮代島とは今ぼくらが向かっている島のことだ。 「当時黒屋敷には主である黒井俊紀(くろいとしのり)と妻の昌子(まさこ)、その娘の美紀(みき)、使用人一人の計四人が暮らしていましたが、焼け跡からは娘の美紀を除く三名の遺体が発見されました」  美紀のみが生き残ったという訳か。 「検視の結果三名の遺体は、いずれも刃物で複数回刺された事による出血死と断定されました」  つまり火事が直接の死因ではないという事か。そして何者かによる殺人。 「加えて死体は全て四肢をもがれていました」    その言葉にギャルや巫女さんは顔を歪めた。夢九はいつも通りのすまし顔だった。 「以上が事件の概要です」    女性はそう締めくくった。  あまりにも情報が少なすぎる。しかし言い換えるならばそれほどまでに捜査が困難だったと言うことだ。 「解決してほしいと言うことは、犯人は捕まっていないのだな?」  偉そうな男が手を挙げて訊いた。  そうだ。女性がぼくらを招待した理由は、事件を解決してほしいからだった。つまり今現在も解決されていないと言うことだ。 「はい。現在の所犯人はおろか、容疑者すらも上がっておりません」    女性は淡々とした口調でそう答えた。 「島にいた人間は四人だけなのか?」    偉そうな男が訊いた。  おそらく他の人間が島にいた可能性を考えているのだろう。 「四人だけです。唯一生き残った黒井美紀がそう証言しております」  女性が答えると、すかさずギャルが質問を飛ばした。 「それって確かなの? 気づいていないだけで、島には他の人間がいたんじゃないの?」    確かにその可能性は考えられる。小型ボート一つあれば、島に行くことは誰にでも可能なのだから。 「それはありえません。当時警察が島を何度も捜索しましたが、他の人間は見当たりませんでした。もちろん第三者がいた形跡も見つかりませんでした」 「外部犯は? 事件が起きてすぐに逃げ出せば、捕まることもないよね」 「事件当時は丁度台風が直撃しており船を出すことは不可能です。加えて島には黒井俊紀が所有する船以外はありませんでした」 「じゃあ、同じ理由で泳ぐってのは……無理か。三月って事はまだ寒いし台風なんだから。黒井美紀さんは犯人を見ていないの?」    ギャルが訊いた。 「残念ながら、見ていなかったそうです」 「もがれた四肢は見つかっていないのか?」  夢九が訊いた。 「はい。現在の所発見には至っておりません」    その答えに夢九は嬉しそうに笑った。  今の時点で黒屋敷炎上事件について考えられる見解は三つだ。  一つは犯人が内部犯である可能性。警察も把握していない第三者が島に潜んでおり、その第三者が殺したという可能性だ。しかしこれは女性の言葉を信じるならばありえないそうだ。警察が捜査したにもかかわらず見つからなかったし、何よりも第三者がいた形跡がなかった。仮に第三者が屋敷にいたとするならば何らかの手掛かりはあるはずだし、島内で見つからないのはおかしい。その点で予め犯人が潜んでいた可能性は低いだろう。    二つ目は外部犯という可能性。小型のボートか何かで島と本土を行き来し、殺害後は本土へと逃げる方法だ。しかしこれは不可能だ。嵐の中四十キロも航海することは危険だし、そもそもとしてわざわざ台風が直撃する日に実行にうつす意味がないはずだ。    三つ目は―― 「保護されたときの黒井美紀は、どんな様子だったのだ? 怪我はしていたのか?」    偉そうな男が訊いた。  三つ目の可能性。それは黒井美紀が殺したという可能性だ。島に第三者がいないのならば、犯行が可能だったのは黒井美紀だけなのだから。  おそらく偉そうな男もその可能性を考慮しての質問なのだろう。 「保護された当初は困惑しており口もきけないような状態でしたが、時が経つにつれてポツポツと当時の状況を話し始めたそうです。その話によると黒井美紀様は、深夜物音を聞いて起きた後、すぐに違和感を覚えて逃げ出したおかげで怪我をすることはなかったと話していたようです」    今の話を聞くに不審な点は一つもなかった。そして物音を聞いたと言うことは、やはり誰かが殺したと言うことだろう。 「他に質問はありますか?」    確認するような女性の問いに、手を挙げる者はいなかった。 「島には二時間ほどで着きますので、それまではご自由におくつろぎください」    そう言って女性は操縦室へと去っていった。    なるほど。これは確かに難事件だ。そしてだからこそ探偵に依頼したのだろう。探偵は警察が解けないような、もしくは諦めたような事件を解決する者達なのだから。  隣を見ると夢九は今までにないほどの笑顔を浮かべていた。
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