56人が本棚に入れています
本棚に追加
第二章 一日目 その④
「上代は――」
「閖でいいよ。わたしって上ってより下が似合う女だから」
上代の言葉の意味はよく分からなかったが、上代って感じがしないのは確かだった。あの巫女さんの方が上代という感じがする。
「じゃあ、閖で。閖は探偵なの?」
「そうだよ。こんななりでも一応は探偵だよ。というか、ここに集められた人間は皆探偵だよ」
「そうなの?」
そのことには気づいていたが、ぼくは敢えて知らない振りをした。
「そうなんだよ。しかも探偵の中でも飛びっきり厄介な人間ばかり集まっているみたいだね」
「厄介な人間?」
「そう、まず巫女服を着た女性。名前は中禅(ちゅうぜん)秋(あき)、年はわたしたちと同じで今年から高校生だよ。そしてなんとあの安倍晴明の子孫らしいんだよ」
間近にシャーロックホームズの子孫がいるためかそこまでの驚きはなかった。
「それのどこが厄介なの?」
確かにとっつきづらい雰囲気を漂わせていたが、厄介と言うほどではないように思えた。
「彼女どうやら幽霊とか見えるらしくて、巷では心霊探偵とか言われているんだけど……まあ、探偵ってのはどれも論理の奴隷だからさ。行く先々で他の探偵と揉めるらしいんだよ」
なるほど。確かに論理と幽霊は正反対に位置する。そして探偵は論理を信奉し、話を聞くに中禅秋は幽霊の存在を信奉している。揉めない方がおかしいだろう。
「次はあの偉そうな男。名前は鈴無(すずなし)六路(ろくみち)。父も母も祖父も探偵の所謂探偵一家で、幼い頃から探偵になるための教育を受けてきたためか、自分を特別視していている」
要するにエリートという訳か。
「そしてそんなんだからやっぱりよく人と揉める。もうそれは必ずと言って良いほどに揉めるよ。何を隠そうわたしも何回か揉めているんだ。それとよく間違った推理をして場を混乱させることもあるからそう言った意味でも気をつけた方が良いよ」
推理を間違えてもこうして依頼が来ていることを考えると、それなりには優秀なのだろう。
「三人目はあのダンディーな男の人。名前は罪可(ざいか)人史(ひとし)さん。職業はわたしたちアマチュアの探偵とは違って、プロの探偵」
探偵は二種類いる。国に認められているプロの探偵と、認められていないアマチュアの探偵だ。国に認められるには、探偵協会公認の学校を卒業しなければならない。
要するにアマチュアの探偵は探偵見習いのようなモノだ。
「おそらく今回呼ばれた中で唯一人格がまともな人物で、プロの探偵だろうね」
あの人ともやってみたいな、と閖は小声で呟いた。
閖の願望はともかくとして、国が保証しているのだから、罪可さんはまともな人間なのだろう。もちろん国が認めたからと言って全員が全員まともなわけではないが、見た感じ罪可さんは今回集められた人間の中でもまともな人格をしているように見えた。
「四人目はオタクっぽい男子。名前は楽椅(らくい)杏(あんず)。年はわたしたちの一個上」
オタクっぽい男子。おそらく最後に入ってきた二人のうちの一人だろう。言葉は悪いが確かにオタクっぽかった。それも今の時代には珍しくバンダナにチェックのシャツという、まさに世間が思い浮かべるオタクの出で立ちをした男だった。
「まあ、彼の場合は揉める以前の問題かな」
「どういうこと?」
「そもそもとして彼は部屋から出ないんだよ。俗に言う引きこもりという奴で、そのせいか探偵学園も退学になりかけているらしいよ」
人と関わらないから、そもそもとして揉めないという訳か。
「でも、だったらどうやって事件を解決したりするの?」
捜査は己の足で、とまでは行かなくとも情報を集めるにはある程度は自分で動き回らなければならないはずだ。
「どうやら彼、機械に滅法強いらしくて、だから部屋から出ることなく情報を集められるそうだよ」
情報社会ならではのやり方だな。
さしずめ楽椅杏という人物は、現代の安楽椅子探偵という訳か。
「五人目は轟(とどろき)栖衣(すい)。わたしたちと同い年」
轟栖衣。最後に入ってきた女性のことだろう。よく覚えていた。
金髪碧眼と目立つ容姿をしていたこともそうだが、彼女はどこか幸薄げで、全体的に暗い雰囲気を漂わせていた。容姿はどちらかと言えば明るい印象を与えるのに、纏う雰囲気や、与えてくる印象がちぐはぐとしていて、記憶に残っていた。それと何故だかペン片手にノートに何かを書き込んでもいたので、よく覚えている。
「たぶん今回集められた人間の中で一番やばい人物だろうね」
「そうなの?」
今までの人物も相当にやばそうだが、それ以上とは一体どんな人間なのだろうか。
「悪い人間ではないんだよ。性格も穏やかだし、それに両親が医者とあってか医療知識も豊富で、白衣の天使なんて呼ばれているぐらいだからね。ただ彼女、愛が重いんだよ」
「重い? それの何がやばいの?」
愛が重いとは、それだけ尽くしたがるということだろう。
ぼく自身わからない気持ちだが、好きな相手に尽くしたいと思うことは、別におかしくはないだろう。
「いや、彼女の場合重すぎるんだよ。四六時中監視したり、監禁したり、勝手に家に入り込んだり、他にも一日に百件のメッセージを送ったりとかね」
確かにそれは相当に重いな。もし一日にメッセージが百件も送られてきた日には、ゾッとするどころの話ではない。
「中でも一番やばいのは、彼女やたらと露出が少ないでしょ? 首元とか足首まで」
言われてみれば、そうだ。閖とは反対にやたらと、それこそ過剰なほどに肌を隠しているように見えた。
「噂では全身に今まで好きになった人の名前を彫っているらしいんだよ。ね? やばいでしょ?」
彫るというのは入れ墨のことだろう。だとしたら想像以上にやばい人間だった。ヤンデレと言う言葉を超越してしまっているのではないだろうか。
「そんなんだからよく警察のお世話になっているらしくて、巷ではストーカー探偵なんて呼ばれてるらしいよ」
「……よく探偵を続けられるね」
警察も何をやっているのだろうか。
「まあ、優秀だからね。ストーカーしてきたおかげか、犯人の尾行とか監視とか上手いらしくて、よく警察とかに頼られるんだよ」
もしかして探偵を目指しているのも、合法的に人を監視できるからなのではないかと勘ぐってしまうが、さすがにそれはないと信じたい。
「巽君は気をつけた方が良いよ」
「何が?」
「ほら、今回参加している男子って、皆一癖も二癖もあるでしょ?」
まあ確かに閖の話を聞く限りはそうなのだろう。まともな罪可さんにしたって年齢が親と子ほど離れている。閖はそこら辺気にしないようだが、普通の女子は気にするだろう。
「その点、巽君はまともだし、容姿も整っているでしょ? 一番ターゲットになる確率が高いとわたしは思うんだよ。それに彼女が好きになった人間の傾向を見てもやっぱり巽君がターゲットに一番近いと思うよ」
そう言って閖はゲラゲラと笑いながら、ぼくの背中を叩くが、ぼくからすれば全然笑えなかった。もちろん女子に好かれるのは嬉しい。しかしそれはやばい女子というわけではない。ひどい話だがあまり関わらない方が良いのかもしれない。もっとも閖が言うには、手遅れかもしれないが。
「六人目は巽君の相棒で、かのシャーロックホームズの子孫、守谷夢九。彼女についてはわたしなんかよりも巽君の方が詳しいでしょ?」
夢九も夢九で今あげられた人物たちに引けをとらない人間だった。いや、下手したらそれ以上にやばい人物かもしれない。
「よくぼくが夢九の知り合いだってわかったね」
名前は名乗ったが、ぼくが夢九の助手であることは、話していないはずだ。
「二人ともあれだけ仲よさそうに一緒に座っていたら嫌でもわかるよ」
閖はからかうような笑みを浮かべる。
「別に仲良くないよ」
「うそうそ。傍から見たらイチャイチャしているようにしかみえないよ」
イチャイチャしたつもりはない。むしろ船酔いしたという夢九の介護をしていたほどだ。
「まあ、今のは二割ほど冗談として、守谷夢九さんは有名人だからね」
閖は空を見上げた。ぼくもそれに倣い、見上げると空にはカモメが飛んでいた。自由にどこまでも羽ばたける翼を携えながら。
その姿が羨ましかった。
ぼくも、そして夢九も自由にはなれない。生まれたときから体に流れる血によって将来を定められていた。カモメが自由の象徴ならば、ぼくと夢九は不自由の象徴なのかもしれない。
「そして最後はわたし」
閖は立ち上がる。
「歩く猥褻物、痴女探偵の異名を持つ上代閖」
誇るべき異名ではないが、閖は気に入っているようだ。
「ここに助手の巽君を加えた八人が今回の旅のお供だよ」
厄介でしょ? とでも言うように閖は微笑みかけてくる。
それから少しすると閖は遠くを指さしながら
「お! 見えてきた」
と声を上げた。
閖の指さした先には、島があった。
小さくて丸っこい島だった。外周は海から真っ直ぐ伸びる断崖に囲まれており、その上に乗っかるように緑色の塊が乗っかっている。まるでホールケーキのような形だ。
「へーあれが人形島か」
「人形島?」
島の名前は宮代島だったはずだが。
「なんでも呪われているらしいよ、人形に」
閖は血を塗ったかのように赤い唇を真横に伸ばし、凄むように笑ってみせる。
「人形? 幽霊とかじゃなくて?」
「地元の人から聞いたんだけど、宮代島には、昔有名な人形師が住んでいたんだって。でも、その人形師とその家族は火事で死んじゃったんだよ。人形が置かれた人形館だけを残して。で、それ以降人形館では人形がひとりでに動き出したりだとか、物がなくなっていたりだとかの怪奇現象が多発したらしいよ」
初めて聞く話だった。
「噂では黒屋敷炎上事件も人形の呪いだとする説もあるみたいだよ。まあ、そんなこんなで地元の人間からは畏れを込めて『人形島』と呼ばれているんだよ」
人形の呪いに未解決の殺人事件。なんだか本当に推理小説の中に紛れ込んでしまったかのような気分だった。
最初のコメントを投稿しよう!