暗がりに光る

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「見に行こうよ!」  そういって僕の手を引っ張ったのは、無邪気に笑う彼女だった。  どうやら流れ星を見に行くらしい。  彼女は僕より1つ年上の笑顔が似合う人だ。子供のようなその笑顔に僕は同い年、大学の最小学年だと騙されて、付き合うまで彼女が年上だと知らなかった。「それでいいんだよ」って笑ってくれたけど。 「いったいどこに行くの?」 「誰もいない、静かなとこだよ」  カバンを肩にかけながら彼女は車のカギを持った。 「遠いところ? 無理してない? 暗いし」  僕はまだ運転免許を持っていない。だから無理してほしくない気持ちを伝える。 「ううん、見てみたいんだ。流れ星」 「流れ星!? 僕も見たことないから見てみたい!」 「でしょ? ほら車乗って!」  僕は彼女の隣に座って、シートベルトを締めた。彼女は普段かけない眼鏡をかけて運転を始める。 「1時間はかかるし、コンビニよっていい?  旅のお供ほしいな」  彼女の言う〝お供〟とは多分コーヒーのことだ。彼女は僕が飲めないブラックコーヒーを好む。こういうところだけ大人っぽくて、少しずるい。なんて思いながら僕は「いいよ」と答えた。  虫の寄り付く夜のコンビニにつくと、少量のお菓子と僕のジュース、そして彼女のコーヒーをかごに入れた。会計途中、彼女がハッと思い出したように歩きだして、追加で携帯用の虫よけスプレーを持ってきた。 「思い出せてよかった~」  僕は彼女の浮かべた安堵の表情にかわいらしさを覚える。  会計を済ませると再び彼女の車に戻り、彼女はコーヒーをぐびっと口に流した。 「着くまで寝ててもいいからね」  彼女の優しさが溢れる言葉に「ありがとう」と僕はこぼした。  どうやら僕は眠ってしまったようだ。寝るつもりなんてなかったのに、彼女の「着いたよ」の声がけに目をこすっていた。 「運転ありがとう。  ごめんね、寝ちゃって」 「ううん、大丈夫だよ!  ほら外でよう?」  ほとんど明かりのない、ううん、月明かりのみの草原に僕は驚きながら、夜風が肌を撫でてくる。  彼女は腕と足、そして首に虫除けスプレーをかけて僕に渡してくれた。  プシュー。  世界に2人だけと錯覚させるほどの静かな場所でただミストが出る音だけが広がる。  あれ? 彼女は……。  隣にいたはずの彼女は居なくなっていた。僕は辺りを見歩くと、車の反対側の地面に寝転がっている。 「レジャーシート持ってきたの。この方がよく見えるでしょ?」  僕は彼女の横に寝転がりながら「何から何までありがとうね」と伝えた。すると彼女は僕の手を握った。 「いいに決まってるでしょ」  大人ぶるような彼女の手を僕はぎゅっと強く握りなおす。会話が消えた静かな空を僕らはまっすぐ見つめていた。 「あっ!」 「今の!」  その時、すぐ目の前の空を一筋の光が過ぎ、僕らは顔を合わせた。 「流れ星、だよね」 「うん、ほんとに一瞬で消えちゃうんだ」  流れ星のあまりの速さに2人で困惑の声を上げる。 「今の時期はペルセウス座流星群なんだって」  そう言いながら彼女は再度空に視線を戻した。 「詳しいね。調べてきたの?」 「もちろん! でもこんなに早く消えちゃうんだったらお願いごとできないね」  彼女はそう微笑んで「あっ流れた!」と空に声を放つ。 「そんなに願い事したかったの?」 「ううん、願い事なら叶っているよ」 「え?」  彼女はにこっと笑って僕の上に覆いかぶさる。 「一緒に入れて幸せだもの。それに、いつも輝かしくてこの甘い日々は流れ星のように一瞬で過ぎているんだから、今日ここに来てもっと大事にしようと思ったの。一緒に入れる時間を」  彼女の言葉に僕の心臓は跳ね、身体は熱を帯びた。僕の心に焼き付くように残る言葉はどんな言葉よりも(きら)びやかで僕の感情を支配する。 「好きです」 「えへへ、知ってる」  勝手に出た言葉に満面の笑みで返す彼女はやっぱり子供っぽくて愛おしく感じた。 「今日はもう暑いから帰ろっか」  彼女が僕から離れて、ここに向かうときのように手を引いてくれる。 「また来年も来ようね」  彼女の言葉には敵わないなぁ。そんなことを考えていたら僕は彼女を抱きしめていた。 「こっちのセリフ」 「じゃあ、免許取って今度は連れ去ってね」  僕は「うん」と頷き、スマホの地図アプリを開いて今いる地点に星マークを付けた。  帰り道、僕は運転する彼女の横顔をただ見つめる。  この夏を好きにさせたのは間違いなく君だった。恋の最高気温をあげたのも――。
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