病魔とひどい女

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 今日、僕は大好きな彼女にフラれた。理由を訊いたら僕が病気になったからだという。ひどい話だ。ちなみに病名は「統合失調症」。元カノがいうには強い男が好きだという。心の病になるなんて気合いが足りないのよ! と捨て台詞を吐かれて去っていった。全く理解のない女だった。そんな女こっちから願い下げだ! といいたいところだが僕は未練たらたら。情けない話だが、思わず泣いてしまった。気の弱い僕は本当は別れたくなかったが、いいだすことができず納得のいかないままフラれた。これから僕はどうやって生きていけばいいのだろう。こころのささえだった彼女がいなくなり不安におしつぶされそうだ。  僕の名前は榊原純(さかきばらじゅん)、21歳。職業はちいさな会社の事務をしている。でも、病気になっていまは休業中。上司は無理するなといいたいところだが、すこしでもよくなったら出勤しろといわれている。  僕は片親で父とくらしている。母はうつ病が原因なのか二年前に自殺した。父は最近、休みの日は朝から飲酒している。いままでは夕方しか飲んでいなかったのになんで朝から飲むようになったのだろう? まるでアル中。でも、そんなことは父がこわくていえない。そんなことをいったらなぐられるかもしれない。母は生前、父からDVを受けていた。助けに入ろうにも入ったら入ったで僕もDVを受けそうなので助けられなかった。お母さん、ごめんよ……。未だに後悔の念を断ち切ることができない。母がうつ病になった原因はDVも関係しているかもしれない。それならなおさら僕は自分をせめてしまう。勇気をだして母を守ってやればよかったのにと。  幻聴が聴こえる……。 おまえのせいだ もっとがんばれ しねばよかった    というような言葉が。   お母さんが死んだのはおまえのせいだ もっとがんばって母をまもれ しねばよかったと思うほどの後悔    と解釈してしまう。すべてお母さんに関連した言葉。  僕はなにかに支配されている。  幻聴に支配されている?  そもそも幻聴か?  役場から電波がとんできて聴こえているはずだ。きっとそうに違いない。  お父さんは僕のことなどお構いなし。  気付いたらベッドの上にいた。なんでこんなところに僕はいるの。ここはどこ? そこに白衣を着た男性と女性が僕のところにきた。医者? 看護師? なぜ? 僕は急に怖くなった。いますぐ逃げ出したい。この部屋にはお父さんと知らない白衣のひとふたりと僕だけ。 「純。おまえは病気になったんだ。いま入院中だ」 「そうか、僕は病気だった。それで彼女にフラれたんだった。  頭がおかしくなりそう。それともすでにおかしいのか? 自嘲してしまう。白衣の女性は、 「お注射しますよ」  注射器を持っている。怖い。僕は逃げ出した。すると、看護師にぶつかり注射器が床に落ちて割れた。 「純! なにやってるんだ! 治療するんだ」  お父さんの声が聴こえた。僕を睨んでいる。怖い……。恐怖心が僕を支配した。 「お父さん、僕、家に帰るよ。こんなところにいたくない。怖いよ」  父は鋭い眼光で僕を見ている。白衣を着た初老の男性は、 「純くん。ゆっくりやすんでいってね。すこし治療は必要だけど」  僕は観念して、 「わかりました」  そう答えた。    一ヵ月ほど入院しただろうか。白衣を着た男性が僕の部屋にやってきた。 「病室を移りましょう」  僕は先生の言っている意味がわからなかった。 「なぜですか?」 「わたしが診るかぎり純くんは思うように病状が良くなっていないと思うんだ。だから、集中的に治療します」  僕が移った先の病棟は鍵がかけられた。閉鎖病棟というらしい。先生は、 「ちゃんと食事を三回食べて、お薬もきちんと飲んで、かるい運動をして、よく寝る。これが病気を良くする秘訣だよ」 「いままでもそうしてきたと思いますけど」  先生は苦笑いを浮かべながら、 「いや、純くんは食事を半分くらいしか食べてないし、運動もたまにしかしていない。薬もゴミ箱に捨てているときがある。これじゃあ、よくならないよ」  今度は僕が苦笑いを浮かべ、だまる番だ。よく見ているなあとも思った。 「お腹すかない?」 「はい、あんまり」 「夜は寝れてる?」 「あまり寝れません」  先生はベッドの上にいる僕を見ながら、 「少し動こうか。すこし疲れる具合いまで。そしたらお腹もすくと思うし、寝つきも良くなると思う。なにをするかは看護師にいっておくから」  僕はだまっていた。なぜかというと、動きたくないから。正直、面倒くさい。そんなことはいえないけれど。  その日の15時ころ、看護師が僕のところにやってきた。 「純くん、先生からもお話があったと思うけれど、まずは明日からラジオ体操から始めましょう。朝六時三十分からNHKでラジオ体操やってるからそれを観ながらやろうね」  僕は仕方なく了承した。そんなことしたくない。でも、病気を良くしたいしなぁ。やるしかない。  僕には妹がいる。大好きな妹が。でも、一時間くらいまえに病院に電話がきたらしく、車にはねられたようだ。どうやら大怪我を負ったみたい。すぐに駆け付けたいので、看護師に訊くためナースステーションに行った。 「さっき、病院に電話が入った妹が車にはねられて大怪我を負った話ですけど、見舞いに行っていいですか?」  そこには僕の担当医がたまたま椅子に座ってなにかを書いている姿が見え、こちらを見た。 「心配なのはわかるけど、いまの純くんは院外に出るのはやめたほうがいい。幻聴も治まってないでしょ? 幻聴と現実の区別がつくならいいんだけど、そうじゃないから」  気の弱い僕は反論できない。主治医は続けて喋り出した。 「純くんのお父さんに妹さんの容態を訊いてもらうから、それで納得してほしい」  僕は心配で心配でたまらない。実際、見にいかないと納得できないし。また幻聴が聞こえた。 しんぱいするな  という内容の。僕は、 「きみはだれ?」  幻聴に話しかけてみた。でも、返事がない。無視しているの? そう思うと、不快になった。無視しないでほしい。  仕方なく僕はトボトボと病室にもどった。 「はーっ……」  思わずため息がもれる。入院して最悪の事態にならなければいいけれど。 そうなるまえに会っておきたい。しかばねになってからでは遅い。僕は悪いほうへ悪いほうへ考えてしまうクセがある。ネガティブというやつ。  部屋にいて僕はベッドに横になった。いつ妹の容態を訊いてくれるんだろ。気になる。大好きな妹のことだから。ちなみに妹の名前は(さき)という。彼女は十九歳の大学生。将来、精神科医を目指しているらしい。そのきっかけは僕。心を病んだ人を助けたいらしい。お母さんのうつ病からの自殺や、僕の統合失調症をみていてこころざしたらしい。でも、そう簡単にはいかないだろう。自傷行為をするひとや、暴れるひともいると思うし。暴力をふるうひともいるだろう。大変だと思う。まあ、楽な仕事はないだろうけど。でも、応援はしている。咲にはがんばって欲しいと思ってるし。  それにしても何で役場の人間は僕にメッセージを発信してくるのだろう? 主治医がいうにはそれが幻聴で、決して役場からメッセージがとんできているわけではないという。でも、僕はそういわれても、主治医のいうとおりだとは思えない。そもそも、本当に病気なのか? と思う。これも医者がいうには、病識がない、というらしい。これも説明をうけた。自分は病気じゃないと思っていることらしい。まさにその通りだと思う。すこし前までは僕は病気があると思っていた。でも、自然とそう思わなくなった。なぜかはわからないが。主治医には自分は「統合失調症」という病気にかかっているから幻聴が聴こえたりするんだよ、と言われた。でも、にわかに信じがたい。徐々に受け入れられればいいねと言っていた。そんな日がくるのかな。  医者は一方的に僕が病気だという。納得はいかないけれど、それも僕側の問題なのだろう。じゃなかったら入院もしないだろうし、医者にもそのようなことはいわれないはずだから。  不意に元カノのことを思い出した。急に悲しくなってきた。涙もでてきた。こんな姿を看護師に見られたくない。心配もされるだろうし。それが逆にウザい。悲しみに暮れる日もあるだろう。人間だから喜怒哀楽があって当然。でも、やっぱりカッコ悪いところは見せたくない。特に好きなひとには。元カノのことは今でも好き。忘れられない。ひどいフラれかたをされたけれど。この病気が治ったら復縁してくれるだろうか?   閉鎖病棟には午前三十分、午後三十分、携帯電話が使える時間がある。その時間帯で元カノにLINEをしてみよう。ブロックされていなければいいが。 <こんにちは。久しぶり! 訊きたいことがあってLINEしたんだ。それはね、僕の病気が治ったら復縁してくれるの?>  という内容で送信した。  だが一向に返事がこない。やっぱりブロックされてるか、そうか、そうだよな。いつまでも僕のLINEを消さずにおくわけがない。三十分が経ち、その時間内では返信はなかった。いつまで待っても返ってくるわけがないLINE、早いとこ元カノのことを忘れて新しい彼女を作ったほうが賢明ではないのか。そう考えてもなかなか気持ちが追い付かない。考えたとおりにことが進んだら誰も苦労はしないと思う。  だが、午後の携帯電話が使える時間にLINEが一件きていた。なんと相手は元カノからだった。内容は、 <最近、生理がこないと思ってまさかとは思って妊娠検査薬を買って調べてみたら陽性だったの。病院でも調べてみるけど、あなたの子どもを産むつもりはないから、中絶する。だから費用を用意しておいて>  僕はそれを読んで、えっ!! と口にだしていた。マジか……。 <いくらかかるの?>  LINEはすぐにきた。 <十万くらいかな。はっきりとした金額はまだわからない> <えー! そんなの払えないよ。僕は今、入院中だし> <そんなことあたしには関係ない> <ていうか、その子、僕の子?> <当たり前じゃない! あなた以外の男とはしてないし>  そうなのか……。怒られるかもしれないけれど、親に相談してみるか。それか、サラ金からかりるか。友だちから借りようとも考えたけれど、そんな友達いないし。親だって僕の病院代でいっぱいいっぱいだろう。こうなったらサラ金しかない。分割で払えば払えない額じゃないと思う。  看護師に、 「純くん、電話の時間はおしまいよ。また明日ね」 「はい」  そういってスマホを預けた。  僕は思った。外出できるようにならないとお金を借りに行けない。さて、どうしようか。まずは看護師に訊いてみよう。 「外出ってできますか?」 「うーん、多分まだ無理だと思うけど、先生に訊いとくよ」 「よろしくお願いします」  翌日、主治医が来てくれるだろうと思って待っていたが来なかった。看護師にいつ来てくれるか訊こうか迷ったが、あんまり質問ばかりじゃしつこいと思ったのでやめた。  その翌日もこなかった。さすがに待てなかったので看護師に訊いた。 「先生にいつ外出できるか訊いてくれましたか?」  すると、 「あっ、忘れてた! ごめんね」  なんじゃそりゃ! さすがの僕も腹が立った。でも、文句はいわなかった。いえるような勇気がないから。 「今日、私、当直で先生も当直だから訊くね」  翌日。朝一で当直の看護師はやってきた。 「おそくなってごめんね! 外出はまだ、無理みたい」 「そうですかぁ……わかりました」 「うん、ごめんね」  さて、どうしよう。お金借りにいけない。これは支払いはたてかえてもらうしかない。事情を元カノに話そう。 そのために僕はLINEを送った。 <あの、中絶の話しだけど、親にもいえないから、サラ金から借りて払おうと思ったけどまだ外出できないのさ。それで、たてかえておいて欲しいと思ってさ>  午前の電話を使える時間は終わった。なので、返事がきているかどうか確認できるのは午後。  お昼前に病棟に電話がきた。相手は│下田一恵(しもたかずえ)というらしく、僕と話しがしたいと電話をしてきた。看護師は、 『どういう関係か』訊いたらしい。すると一恵は、 『元カノだ、榊原純の子どもを身ごもっていて中絶する費用を払え』  という内容らしい。看護師はその話しが本当かどうか僕に確認してきた。 「それは僕もわかりません、ていうかまさか病院にまで電話をよこすとはおもいませんでした」 「もし、この話しが本当ならどうやって払うの?」  訊かれたくない質問だ。でも、答えないわけにいかないので、話した。 「親には言えないので、クレジットカードでお金を借ります」  看護師は驚いた表情で僕を見ている。 「えっ! いくら借りるの?」 「十万くらいです」 「金利も結構かかるんじゃないの? クレジットカードはサラ金のようなものじゃない!」  でも、借りる手段としてはそれしかないので、 「大丈夫です。元カノには立て替えてもらいますから。退院したら働いて返します」  看護師は不安げだ。なので、 「大丈夫ですよ。払えない額ではないので」  「じゃあ、そう言っておくよ」  でも、一恵はLINEでやり取りしていたのに何で病院に電話をしてきたのだろう? なかなか話しが進まないから焦れったくなったかな。そんなに焦ることはないと思うけどな。  少しして再度看護師がきた。 「立て替えることはできないって言ってるよ。向こうもお金ないのかな」 「えっ! そうなんですか、じゃあどうしよう」  看護師は口をはさんできた。 「その人は本当に妊娠してるかどうかわからないよ?」  僕は困った。確かにそういう可能性もある。 「一旦、電話きるからね」 「わかりました」  看護師はナースステーションに行き一言二言話して電話を切ったようだ。 僕の部屋に来て、 「なんだか感じのわるい口調だったよ。だまされたりしてないか不安だわ」  僕は笑いながら、 「大丈夫だと思いますよ。確かに付き合ってた頃、お金の貸し借りはあったけど、ちゃんと返してもらってたし」 「そうなの? ならいいけどさ」  僕は心の中で、お金の貸し借りがある時点で信用が落ちるとは思う、それは看護師にはいってないけど。ただ、僕がいいたいのは、きれいさっぱり一恵とは縁を切りたいという気持ちになってきたので、お金は払うつもりなのだ。ただ、だまされるようなことになるのはごめんだ。僕は思った。中絶したら請求書をもらおう。それなら間違いない。それを午後のLINEで送った。  翌日の午前にLINEを見ると返信はきていなかった。なぜだろう? いつもならきているのに。都合が悪くなったか? そのとき幻聴がきこえた。 そんなやつころせ むだなことをするな  一恵のことをいっているのだろう。ころすことはできないけれど、むだではあると思う。だから不快な気分になった。  仮に一恵のやっていることがだましの手口だったとしたらLINEをブロックし、電話番号も消すし着信拒否にする。もちろん、二度と会うこともないだろう。たまたま町で出くわしても無視をする。そうしようと思っている。  LINEで見たが結局、中絶はしなかったらしい。そもそも妊娠していなかったようで。じゃあ、その十万はいったいどうしようとしていたんだろう。だまし取ろうとしていたのか? もし、そうなら詐欺だ。犯罪だ! そう考えると腹が立ってくる。もう完全無視だ!LINEをブロックし、電話番号も消したからせいせいした。    これからは病気を良くして新たな人生を歩もう。病気があるから決して明るい未来が待っているとは考えにくいけど、幸せになるように努力する。                              (終)
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