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 片田舎の町境にある僕の住む集落には、その四半分ほどの大きさの蓮沼があった。夏の盛りには少し緑がかった白い蓮の花が一面に咲く。ごく希に薄桃色の花が混じる。  言い伝えではその薄桃色の花は身代わり花で、花数はその蓮の開花から次の年の開花までの一年間にここで亡くなった人数と同じだというが、もう50年以上薄桃色の花を沼で見た人はいない。  この底なしの蓮沼はお釈迦様の(みもと)につながっていて、誰でも真っ直ぐそこにゆけるのだと、昔、人々はそれを願って死人を蓮沼に沈めたという。親や子、祖父などが苦労なくゆきつくようにと。  最近は白蓮の沼と呼ばれ、花の時期には観光で訪れる人も増えた。だが集落の住人やこの話を知る人は沼に多くの骨があると信じていて、好んでこの沼に近づくことはなかった。  土葬から火葬になり、遺骨を沼に入れる人はいない。その蓮沼に隣接する寺の共同墓に埋葬している。戦後しばらくして、集落に散在していた戸々の墓を一掃し、今の形になったと聞いている。  その寺の一人息子である僕、蓮池(はすいけ)恵照(けいしょう)は住職である父と二人暮らしである。母は僕が4歳の時に寺を出て行った。そのまま行方が知れず生きているのか死んだのかもわからない。
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