大地の想い

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大地の想い

仕事中、大地の元へ茜からメールがきた。 『本日から一週間、自宅へ絶対に帰らないでホテルに泊まって下さい』 と、書かれていた。 『はっ?何で?』 と、思わず思ったまま返信をすると、しばらくして、 『雅さんが体調不良でうちで看病します。お兄ちゃんが帰ってきたら、雅さん、家に戻っちゃう!だから、ぜったい帰ってこないでよ!!』 と答えが帰ってきた。 『は? 雅がうちに? 体調悪い?』 頭の中は大パニックだ。 『…帰りたい』 そう思うけれど、ホントに帰ったら、母親にも茜にもメチャクチャ言われそうだ。 「マジかぁ…」 思わず声に出てしまった。 隣の席の同期の相川(アイカワ)が、 「なに?どうした?」 と、聞いてくるので、思わず、 「今日、ホテル泊まりだわ…」 と嘆いてしまった。 その結果… 「カンパ~イ!!」 なぜか飲み会に連れてこられた…。 きれいに化粧をして着飾る女の子達。 確かにきれい。 きれいなのにときめかない…。 周りの目を盗み、1人カウンターに座ってしばらくすると、女の人が隣に座るのに気が付いた。 チラッと顔を見ると…、 「…桃花?」 中学時代付き合っていた彼女の、山下桃花だった。 大人になった彼女は、さらにきれいになっていた。 「元気だった?」 あの頃よりも長い髪の毛を揺らしながら、桃花はビールの入ったグラスを上げた。 そのグラスに、大地は軽く自分のグラスをあてる。 懐かしい昔話をしている中で、大地は桃花の雰囲気が少し気になった。 「なんか、中学時代の方が大人びてなかったか?」 そう、桃花に問いかけると、 「…あなたもね。 昔の方が大人っぽかったわ」 そう言って、桃花が笑った。 そして、桃花はグラスを見つめながら、 「あの頃は、『大人っぽい、しっかり者』って思われて、そうしてなきゃいけないって使命感があったのよね…」 と、独り言のように呟いた。 「自分が自分じゃなかった。いい子でいないとダメだったから。 今大人になって思うのは、無理してたな~ってこと」 そう言って笑う桃花の横顔を、大地はじっと見つめていた。 桃花が大地の顔をみる。 見つめ合うふたり。 「大地も同じじゃない?」 そう桃花に言われた大地は、ドキッとした。 自分ではそんな風に思ったことはなかった。 けれど、今の雅への態度や想いの方が自分らしく思えていて、過去の自分の違和感があったことを思い出した。 「また、いつか会いましょうね」 そう言って席を立つ桃花の後ろ姿を大地は見つめていた。 「俺は、桃花を好きだったんだろうか…」 そんなことも思いながら…。 時計を見ると夜中の12時。 『ホテルに戻らなきゃな…』 と思いながらも、頭の中は、雅の事で一杯だった。 『24時間営業のスーパーがこの近くだったな…』 その事に気が付くと、相川に帰ると告げ、急いでスーパーに向かい、タクシーで自宅へと向かった。 深夜の自宅。 この時間の帰宅はよくあるはずなのに、雅が寝ていると思うと、必要以上に静かに部屋を歩く。 雅の様子が見たくなった。 『少しだけ…ほんの少しだけ…』 そう思いながら、静かに階段を上がろうとすると、 「…どこ行くの?」 と、由美の声が聞こえた。 声のする方に顔を向けると、仁王立ちで立つ由美がいた。 思わず、 「あっ、いや、着替えを取りに…」 というと、用意していたのか、服の入った紙のバックを渡された。 そして、 「来ると思ってたから」 そう言ってニヤリと笑う由美の顔が、大地は怖かった。 大地は無言でそのまま玄関に戻り、待たせたタクシーでホテルへと帰った。
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