大地の気持ち

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大地の気持ち

ホテルの1室。 茜からの頼みで泊まることになったホテル。 仕事以外で連日ホテルに泊まることが今まで無かったが、なかなか快適だと思った。 会社の近くのホテルなら、朝もゆっくり起きられる。 このメリットに、少し気分が上がりながら、朝の支度をしていると、茜から電話がかかってきた。 通話を押すと、 「雅さん、うちに住むって! お兄ちゃんも帰ってきてって!」 と、朝から大声で弾む声。 俺は無言でその内容を噛み締めていた。 『マジかぁ…』 戸惑いなのか嬉しさなのか…複雑な気持ちが胸の中に溢れる。 「とにかく、今日から帰ってきてね!」 そう言って切られた電話。 『俺が居てもいいのか? 嫌じゃないのか?』 断れてばかりだった俺は、自信が無く喜べなかった。 それでも、今日は帰らないと… 少しフワフワした心を落ち着かせながら、朝の支度をして、仕事に向かった。 『はぁ…』 何度目のため息だろう…。 普段そつなくこなす俺しか知らない会社のメンバーに心配され、定時で帰された。 こんなに早く帰ることの無い俺は、家に帰るのもためらった。 『雅だけしか居なかったら…、どうしよう…』 不安になる。 家に連絡すると母親が出た。 俺は、安心して急いで家に帰った。 そして、雅が帰る前に…と、自分の部屋を掃除し始めた。 それを、呆れた目で見る母親。 そんな母親を気にも止めず、俺は、自分の部屋以外の廊下や二階のトイレも掃除をした。 バイトの無い茜が帰ってきて、 「雅さん、バイト先で話して帰るから、夕飯は先に食べねって言ってたよ~!」 と、俺と母親に伝えてきた。 俺はその茜の言葉に、 『は? 一緒に食べれないのか?』 『…遅くなるのか?』 言えない言葉が頭の中を駆け巡る。 いつもなら、夕飯後は部屋に戻り、ゆっくり本を読む時間。 なのに、俺はリビングで時計を見たり、外を見たりとソワソワしていた。 見かねた茜が、 「…雅さん、今電車だって」 と言うから、思わず玄関に向かおうとすると、 「雅さん、1人でボーッとしながら歩くのが好きなんだって! お兄ちゃんは、玄関で待ってて!」 と、止められた。 俺は、肩を落とし、仕方なく玄関に座る。 『でも…少しだけなら…』 そっと玄関を開けて外に出る。 『少しだけ…』 家の前の道路に出た。 『あの電柱まで…』 1歩1歩、電柱や街灯を見ながらゆっくり歩く。 ふと、前を見ると、上を見上げる雅の姿が見えた。 雅の姿を見て、俺は我に返った。 『やばい!どうしよう!嫌がられる!』 と、焦る頭の中で、どう言い訳をしようか考えた。 目の前に来た雅に、 「暗いから迎えにきた」 その一言しか浮かばなかった。 気の効いた台詞も言えず、 『どうか、雅から拒否されませんように…』 と、願いを込めて歩き出す。 会話の無い帰り道。 それでも、この前よりも穏やかにゆっくり歩くこの道のりを、俺は嬉しく思っていた。 『雅といつもこんな風に歩けたなら…』 そう思うほどに。 『もしかしたら、たまになら許されるかも…』 少しの期待を胸に、家に帰る。 リビングから、茜がこちらをじっと見ていた。 『行くなって言ったのに!』 と、今にも噛みつきそうな雰囲気に、俺は急いで部屋へと戻った。 いつも本を読む1人掛けのソファに座る。 『これから、雅が同じ家だ…』 目を閉じ、嬉しさに浸る。 『雅が嫌がることしないように気を付けなきゃな…』 そばにいる嬉しさが、拒絶されて居なくなるかもしれない恐怖に負けそうになる。 嬉しさと不安が入り交じるこの感情が、今まで経験したことの無い感情で、大地はとまどうばかりだった。
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