想う人

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想う人

突然、母が付き合っていた岸本さんの娘さんから会いたいと連絡がきた。 今までバイトと仕事で忙しかった私は、最近岸本さんから連絡が来ていない事に気が付いた。 私は、柏木家の片付けをしながら、岸本さんの娘さんが来るのを待っていた。 岸本さんの娘さんが来て、リビングに上がってもらう。 「突然ごめんなさいね」 と、娘さんが私に申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。 「こちらこそ、連絡せず、すみません」 と、伝えると、 「あれから、お父さんね、早苗さんが病気になったのは、気付けなかった自分のせいだと悔やんでて…、雅ちゃんにも申し訳なかったって言ってるの」 と、話す娘さんの言葉を、私は黙って聞いていた。 「それでね、二人で旅行の積立をしていたみたいで、そのお金を雅ちゃんに渡してほしいって頼まれたの。自分は会う資格無いからって…」 と言って、娘さんはお金の入ってると思われる封筒を机の上に置いた。 「実はこの前、この家のお隣さんに、この家を残したいって雅ちゃんが言ってると聞いてね、このお金を使ってもらいたくて…」 と、続けて話してくれた言葉に、私は申し訳なく思った。 「でも、私のお金じゃないから…」 そう断ろうとすると、 「うちのお父さんね、雅ちゃんがすごく可愛い子だって言ってたの。娘にしたいって」 娘さんは微笑みながらそう話し、 「雅ちゃんに大変な役をさせてしまった事も、お隣さんから聞いたの」 「…ごめんなさいね」 と、娘さんは目を潤ませながら、私に謝ってくれた。 「だからね、受け取ってほしい。お願い…」 私の目をじっと見つめる娘さんに、私はこれ以上断れなかった。 「分かりました。この家の事に使わせていただきます」 と、私は頭を下げ、 「いつか…、母が落ち着いたら連絡させてください」 と、伝えると、 「ありがとう。 よろしくお願いします」 と頭を下げられた。 岸本さんとは、 言葉の行き違いもあった。 互いに腹立たしいときもあった。 でも、母をお互い思うからこその事だった。 頭の中で過去の出来事が思い出される。 私は、別れ際、 「岸本さんに、母を大切にしてくれて、ありがとうございましたと伝えてください。 それから、こんな形になってしまってごめんなさいと…」 と、娘さんに伝えると、娘さんは微笑んで頷いてくれた。 母を思ってくれる人がたくさんいる…。 晴れた空を見上げながら、私は思った。 『いつか…、お母さんが元に戻ったらいいのにな…』 と…。 それは、望みが薄い希望でも、私は可能性のあるかぎり諦めたくないと思った。
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