母と…

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母と…

あれから、プロポーズの事は無かったかのように、大地は触れなかった。 雅は、 『やっぱり結婚は無理があったんだね…』 そう解釈をして、今まで通りの暮らしを意識して過ごしていた。 大地が気になりながらも、今は母が気がかりだ。 母は会ってくれるだろうか… 前回行くのをやめてしまったため、久しぶりに会いに行く。 そこで、担当者さんから、 「もしかしたら、手紙を書いたこと、書いた内容の事、忘れてるかもしれません」 そう言われて、雅は困った。 どう言葉を交わせばいいのか… ふと、大地の言葉が頭の中を過る。 『おばさんの傷が癒えるか分からないけど、大切だって気持ちを、おばさんに伝えていかないか?』 そう言ってくれていた。 私は、勇気を出して母に会いに行った。 幸いなのか、母は手紙の事を覚えていない様子だった。 私は、母の手を握り、 「おかあさん、何があっても私はおかあさんが大好きだからね、ずっとずっと大好きだからね」 そう伝えると、母が微笑み、 「お母さんも雅が大好き」 そう言ってくれた。 私は涙が溢れたが、一生懸命堪えて笑った。 『正解は分からないけれど、会うときたくさん気持ちを伝えよう』 何が正しいかは、わからない。 また記憶が甦ったとき、母がどんなに辛くなるか、考えただけでも辛い。 私に出来ることは、母への愛を、これから先後悔しないように、精一杯伝えていくことしか無いと思った。 病院からの帰り道。 星空を見上げながら大地を想う。 大地が居なかったら、こんな風に思えなかった。 大地には感謝ばかりだ。 私は感謝することばかりで、なにも返せていない。 大地が幸せになる1番の事は何だろう… 目を閉じて考えていると… いつもと同じ足音が… 前を見ると、私を迎えに来てくれた大地が微笑んでいた。 私が微笑み返すと、私の手を握り、 「帰ろっか」 と言って、家の方へと歩きだす。 当たり前のように握られた手。 その手を私は見つめていた。 『この手は、離さなくても、ホントにいいのかな…』 そんな事を思いながら…。
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