母の変化

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喫茶店に着いてお店に入ると、異様な雰囲気だった。 チラチラと母を見る数人のお客さんがいた。 店主が私に気付き、駆け寄ってきた。 「すみませんでした!」 私は、そばまで来たお店の人に頭を下げた。 その人は困った顔で、 「申し訳ないけど、お客様に迷惑だから、これからは来ないようにしてもらえるかな…」 と言った。 その言葉の意味を理解した時、私は深く傷ついた。 泣きたかった。 でも、涙をこらえて頭を下げ、母のところへ向かった。 母は、私を見て不思議そうな顔をした。 なぜいるの?そんな風に思っているようだった。 私は、泣くのを堪えながら作った笑顔で、 「帰ろう」 と、母に優しく声をかけ、手を差し出した。 母は、当たり前のように、差し出された私の手を握り返し、席を立った。 私と母が手を繋いだ記憶は、私が覚えている中では小学生の頃までだった。 それなのに、自然と差し出した手、そして握り返した手は、今までとは違う形の親子になっていく暗示だったのかもしれない。 車に戻り、助手席に母を乗せ、私は運転席に座った。 私は、ハンドルを握りしめながら、声を上げて泣いた。 しばらくして、ふと泣きながら母を見ると、私の涙も泣き声も気にならない様子で外を眺めていた。 私は、その母の横顔を忘れないだろう。 私の涙を拭ってくれる母は、どこに行ってしまったのだろう…。 そんな母の様子にショックを受け、涙も出なくなった私は、エンジンをかけて車を走らせ、自宅へと戻った。 帰ってすぐ、母の恋人の岸本(キシモト)さんに連絡をする。 私の話を聞いた彼の第一声は、 「病院なんて行かなくていい。俺がいれば大丈夫だから迎えに行く。」 だった。 私は思わず、 「母は病院へ連れていきます。あなたの所へは行かせません」 そう告げると、彼は声を荒らげ、 「早苗は俺のだ!」 そう言い、電話を切られた。 私は泣きながら、 『あんたは別れりゃ終わる関係だけど、こっちは一生もんなんだよ!!』 頭の中で、そう叫んでいた。 私は、急いで岸本さんの娘さんに連絡をした。 少し前の顔合わせで、連絡先を教えあっていたのが、今はありがたい。 そして、娘さんに泣きながら母の状態を伝え、 「母を病院へ今連れていかないと先が怖いんです。病院に行かせる事を拒否される岸本さんには、家に来ないようにしてもらいたい」 そう伝えると、母の状況をあまり理解できてない様子の娘さんだったけれど、私の切羽詰まった状態は理解してくれて、岸本さんを引き留めてくれると約束してくれた。 電話を切った私は、母のもとへと向かった。 母はリビングで正座をして独り言を言っていた。 私が母の目の前にしゃがみこむと、 「人って簡単に死ぬのかねぇ?」 と言って、突然私の首を絞め始めた。 私は、驚くよりショックで、 『このまま私が死んだら、正気に戻るかも…』 そんな風に思えて、目を閉じて母の行動に身を任せた。 力の無い手で絞められている首。 苦しくも痛くも無かった。 ただ、心が痛かった。 しばらくして、私に変化の無い様子を見て、首から手を離す母に、 「人は簡単には死なないんだよ」 と、涙をこらえて笑って告げると、母は自分の手を見つめながら、 「ふ~ん…」 とだけ言い、また1人の世界へと入っていった。 私は、その様子を声を殺して泣きながらしばらく見つめていた。
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