母の入院

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母の入院

母をどうやって病院へ連れていこうか… とにかく急がないと、またどこかで周りに迷惑をかけてしまう。 1人で抱えるには大きな出来事だけれど、頼る人が居ない私にとって、心細さすら感じる余裕がなかった。 前もって調べた病院。 前もって相談した先生。 病院へ連れていきさえすれば、後は先生が対応してくれると約束してくれていた。 私は母に嘘をついた。 「お母さん、私今神経科に通っていて、親に来てもらわないといけないって…。 一緒に来てくれる?」 正気の時の母は、私をスゴく心配してくれた。 そして、私のためならと、嫌いな病院も進んで行くことを承諾してくれた。 私は、スゴく嬉しかった。 ちょっと見てもらって、薬を処方してもらえば大丈夫だと、わたしは軽く考えていた。 私から母の状態を聞いていた先生にとっては違っていたようだ。 診察室に入ると、4人の男性看護師が立っていた。 そして、私と母が話を交互にしていると、母がまた1人の世界へと入ってしまった。 先生は、母のその様子を見た後、私を母とは離れた部屋へ連れて行った。 「状況は良くないです。すぐ入院しないと悪化します。今から強制入院させたいのですが、家族の許可が要ります。どうしますか?」 薬をもらって帰るだけだと思っていた私には、あまりにショックでどうしたら良いのか分からなくなっていた。 そんな私を追い込むように、 「強制入院で良いですか?」 と先生が問いかける。 その真剣な先生の目を見た時、私は無意識に頷いてしまった。 その後すぐに、 「注射で落ち着かせますので、しばらく手足をベッドへ縛らせてもらいますが、了承してください」 そう言われて、内容を頭で理解するまもなく頷いた私を見た先生は、直ぐに看護師に指示を出した。 離れた場所から、母の叫び声が聞こえる。 急いで母のもとへ向かおうとすると、 「辛いと思うので、見ない方が良いですよ」 と、私の腕を掴み看護婦さんが声をかけてきた。 私は、捕まれた腕をそのままに、立ち止まってしまった。 しばらくして、両腕両足をベッドに縛られて、注射で眠ってしまった母の乗ったベッドが、私の横を通り過ぎた。 私は、その現実が受け止められず、ショックでその場でしゃがみこんでしまった。 立つことが出来ない私を、看護婦さんが支えてくれて、近くの椅子に座らせてくれた。 「落ち着いたら声をかけてください。入院の説明をします」 と、その看護婦さんは私に声をかけた後、別の患者さんの待つ診察室へと足早に去っていった。 1人になった私は、縛られた母の姿が脳裏に焼き付いていて忘れられなかった。 『辛くても私がそうさせたんだ。私は一生この事を忘れちゃいけないんだ』 自分に叱咤し、冷静さを取り戻した私は、入院の手続きをして、母の居ない自宅へと帰った。
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