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バルコニーの柵に肘を突いて煙草を吸っていると、ふと眼下に、武井の気を引くものがあった。
小さな光が点滅しているのだ。
それは懐中電灯などの明かりよりもっと弱くて、ちかちかと七色に色を変えながら明滅を繰り返している。
何だろう。
不思議に思った武井は、柵から身を乗り出して確認しようとした。
武井の住むアパートは、一階にある部屋にだけ、ささやかな庭が付いている。
庭と言っても一畳分の広さもない。
だが人によっては植物を植えたりして、それなりに楽しんでいるようだった。
光の発信元は、二階に住む武井の部屋の、斜め下にあたる部屋の庭だった。
庭には縁台が置かれていて、光はその縁台の上の、不思議な機械から発せられている。
不思議な機械。
そうとしか言いようがなかった。
五十センチくらいの円型で、中央に狸の置き物が君臨している。時々路傍で見掛ける、昔ながらの笠を被ったアレだ。
その狸が、七色の光を明滅させながら、回転している。
「………何あれ」
思わず声に出して呟くと、その機械の奥にいたらしい、部屋の主と思しき人物が顔を上げた。
見下ろす武井と、目が合う。
部屋の主は若い女性だった。
彼女はその機械を前に、蕎麦猪口を片手に麺をすすっていた。
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