111人が本棚に入れています
本棚に追加
しまった、と武井は咄嗟に身を引く。
不可思議な光を放つ機械に目を引かれただけとは言え、これでは覗き魔だ。
下から聞こえる物音で、彼女がこちらの様子を窺っているのがわかった。
急いで部屋に引っ込もうかとも思ったが、覗いておいて黙って姿を消すのも後味が良くない。向こうも不安に思うだろう。
観念して、もう一度柵から顔を出した。
予想通り、彼女は縁台の縁に立って、こちらを見上げていた。
武井は彼女に向かって頭を下げる。
「…あの、すみません。覗くつもりじゃなかったんです。ただ、煙草吸ってたらその…機械の光が見えて、何かと思って気になって」
正直に状況説明をすると、無表情でこちらを見ていた彼女は、あぁ、と納得して頷いた。
「流し素麺です」
「え?」
「この機械。流し素麺機です」
説明されて、彼女が指差すその機械を改めて、目を凝らして見る。
言われてみれば確かに、狸の置物の周囲を、水が流れていた。その水流の中を、白く長細い麺がぐるぐると回っている。
「………美味そうですね」
戸惑いのあまり、心にもなければ言う必要もないお世辞が、武井の口から転げ出た。
「食べます?」
じっと武井を見詰めて、彼女は無表情のままそう言った。
「え?」
「素麺。思ったより量が多くて。可能なら食べてもらえません?私、素麺嫌いなんですよ」
抑揚のない彼女の声には、有無を言わせぬ不思議な圧があった。
「いや、でも」
「部屋の鍵開けとくので、入って来て下さい」
そう言って彼女はくるりと身を翻し、ガラガラと音を立てて窓を開けると、部屋の中に引っ込んでしまった。
最初のコメントを投稿しよう!